毎週月曜日にある反イスラム団体のデモ。新興右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の旗も掲げられていた=3月11日、ドレスデン、高野弦撮影
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旧東ドイツではいま、国家主義を掲げる右翼勢力が急伸している。「開かれた社会」を重視してきた戦後ドイツのあり方を揺るがす勢いだ。ベルリンの壁が崩壊して、今年で30年。かつて独裁国家からの自由を渇望した人々の間で、何が起きているのか。
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携帯がつながらぬ村
旧東独州で最大人口を抱えるザクセン州。州都ドレスデンから車で1時間ほど離れた村ハルトマンズドルフ・ライヘナオでは、いまも多くの家庭で携帯電話が通じない。
「山の中腹まで登らないと、電波が入らない。役所に頼んでもなかなか対応してもらえないんだ」
村議会議員のローター・イェーケルさん(66)はそう嘆いた。
谷間にあるこの村の人口は約1千人。この30年で500人ほど減った。かつて10ほどあった中小の企業はこの間、次々に倒産し、若者は仕事を求めて村を去った。14年前に中学校が閉鎖され、統一後に進出してきた銀行の二つの支店も同じころ、不採算を理由に撤退。バス路線も減り、1日3本のスクールバスが唯一の公共の交通手段だ。バスが運休する週末は「陸の孤島」になる。
旧東独時代にみなで助け合って自宅を建てたころの写真をみせるイェーケルさんの妻ハイドルンさん=3月12日、ザクセン州ハルトマンズドルフ・ライヘナオ、高野弦撮影
目下の課題は、消防団にある消防車の買い替えだ。イェーケルさんは「補助金で買い替えようと思っても、もはや村の負担分さえ支払う余裕はない。隣村との合併を模索したが、『メリットがない』などとして地元の政府に認めてもらえなかった」。消防団を担う若者はいなくなり、年金生活者が「火消し」の頼りだ。自分の娘2人も村を離れた。
旧東独時代、人々はみな貧しく、固定電話すら普及していなかった。ただ、村を出ていく者は少なく、1970年代に自宅を建てるときは、近所の人が総出で手伝ってくれた。学校や病院にも苦労しなかった。
「あの時代に戻りたいですか?」という記者の質問に「あの国が存続し続けるのは不可能だった。いまはただ、厳しくなる現状に不満が言いたいだけだ」。
難民はいない、でも……
村民たちの思いは2017年9月の総選挙で「抗議票」となって爆発した。新興右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のこの村での得票率は40.1%に達し、メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)の25.9%を大きく上回った。
イェーケルさんが住む村ハルトマンズドルフ・ライヘナオ。過疎化が著しい=3月12日、高野弦撮影
車でさらに30分ほど離れた村ドルフケムニッツ。この村のAfDの得票率も47.4%にのぼった。人口の流出が止まらず、8年前に小学校が閉鎖された。村でただひとつの肉屋は、記者が取材に訪れる3日前に閉店した。後継ぎがいないのが理由だった。村の財源の節約のため午後11時~午前4時半、通りの街灯は消され、村は闇につつまれる。
AfDは、メルケル首相の難民受け入れ政策に反発し、得票を伸ばしたと言われている。だが、通りで出会ったベアベル・エルステルさん(59)は言う。
「この村には難民はいない。AfDが高い支持を集めるのは、現状に対する不満からだ」
小学校が閉鎖されたとき、村民たちは反対の署名集めに動いた。村人口の約半数にあたる700人が署名し、村長に提出したが、返ってきたのは「いったん決まったことに反対する署名なんて、意味があるのか」とつれない返事だった。
総選挙前、この村に唯一、足を踏み入れた政治家がAfDのペトリ党首(当時)だった。「ふるさと」の重要性を説き、伝統的な家族制度やドイツ文化の復権を訴えて回った。「彼女の演説は、希望を失いつつあった村民の心をとらえた」と、手芸品の工場を営むフリードマール・ゲルネグロースさん(68)は振り返る。
東から西へ120万人
AfDは、旧東独で強い支持率を維持している。昨年9月の公共放送の世論調査では、ベルリンを含む全6州で支持率が1位となった。5月の欧州議会選で大幅な議席増が見込まれているほか、今秋あるザクセン州、ブランデンブルク州、チューリンゲン州の3州議会選挙では、いずれも与党をうかがう勢いだ。
AfD台頭の理由の一つにあげられるのが、過疎化と経済的な立ち遅れだ。
アフガン難民による傷害事件をきっかけに起きた極右デモ。撮影後、3人の男たちに取り囲まれた=2018年9月10日、ザクセン・アンハルト州ケーテン、高野弦撮影
90年の東西ドイツ統一後、旧東独地域で企業の閉鎖が相次ぎ、人口の流出が続いた。政府機関の統計によると、17年までに120万人以上が東から西に移住した。一方、東側への政府・民間企業による投資は94年ごろをピークに減少に転じた。フンボルト大のマイケル・ブルダ教授によると、旧東独の1人あたりの所得は、いまも旧西独の7割程度にとどまる。賃金の格差に加え、年金で生きる高齢者の割合が上昇しているためだという。
AfDは、難民受け入れを批判する一方で、旧東独の底上げを訴え、支持を集める。「政府はもっとインフラに投資し、人も企業も戻ってくるよう手を打つことで、AfDの台頭に対抗するべきだ」とブルダ教授は話す。
ドイツ政府の財政収支は5年連続の黒字で、投資に余裕がないわけではない。しかし、もともと政府に節約志向が強いうえ、財政健全化を求めている南欧諸国に範を示すため、政府は大幅な投資の拡大に踏み切れないでいる、とブルダ教授はみる。
「ナショナル」への憧れ
もっとも「お金」だけで、すべてを解決できるわけでもない。
旧東独ではいま、「ネオナチ」と呼ばれる極右集団が勢いを増しつつある。昨年8月に難民による殺人事件が起きたザクセン州ケムニッツでは、一般市民による反難民デモに交じって、右手を高く掲げるナチス式の敬礼をする男たちの姿が報道され、大きな衝撃を与えた。
首に「アーリア」の入れ墨があるトミー・フレンクさん=3月25日、チューリンゲン州シュロイジンゲン、高野弦撮影
チューリンゲン州でレストラン兼雑貨店を営むトミー・フレンクさん(32)は、このデモに参加したひとり。首には人種を示す「アーリア」の入れ墨。雑貨店で販売するTシャツにはヒトラーへの忠誠を思わせる「I Love HTLR」の文字がプリントされている。
「難民による犯罪が後を絶たないからだ」。デモに参加した理由をそう語る。しかし、右翼思想にひかれるようになったのは、メルケル政権が多くの難民を受け入れ始めた15年よりずっと前のことだ。
重量挙げの選手だった15歳の…