安倍晋三首相が、芸能人とSNSでの「共演」を重ねている。自身のツイッターや首相官邸のインスタグラムに記念写真を積極的にアップ。「イメージ重視」の発信で、参院選の公示を4日に控え、若年層へのアプローチを意識しているのは明らかだ。こうした手法に批判の声もあがっている。
「衆参同日選あんのかい」に首相苦笑い、吉本芸人ら訪問
主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)直前の6月27日、首相がツイッターにアップしたのは、金びょうぶの前でアイドルグループ「関ジャニ∞」の村上信五さんと満面の笑みを浮かべたツーショット写真。開催地の大阪で、村上さんのラジオ番組の取材を受けたという。直前にインドのモディ首相と会談した部屋だ。
“刺さる”ハッシュタグ、拡散に一役
官邸のインスタグラムには、関ジャニ∞の人気曲「ワッハッハー」にちなみ、「#シンゴと#シンゾーで#ワッハッハー」とハッシュタグを添えて投稿。ファンに“刺さる”巧みなタグに、「最高すぎる」とコメントが相次いだ。
6月6日は首相公邸で吉本新喜劇のメンバーと面会し、官邸のインスタグラムで生配信。5月には東京都内でアイドルグループ「TOKIO」とピザ店で食事をしたほか、俳優の高畑充希さん、大泉洋さんを公邸に招いて夕食を共にした。
芸能人との華やかな写真は、普段は安倍首相のツイートを目にしない層にも届く可能性が高い。
安倍首相がTOKIOとの食事の際の記念写真を添えたツイートを、朝日新聞が米クリムゾン・ヘキサゴン社のソーシャルメディア分析システムを使って分析したところ、このツイートは翌13日までに3460万の利用者に届いたと推計された。
このツイートは6・6万件リツイート(転載)されている。このうち1千アカウントを無作為で抽出したところ、今年1~4月にも首相のツイートをリツイートしているのは346アカウントにとどまり、6割超は普段はリツイートをしていないことがうかがえる。今回の拡散に「寄与した」と判定されたアカウントには、平時に多い右派系の有識者はおらず、幅広い層に拡散したとみられる。
インスタのフォロワーが233万人いる高畑さんが首相とのセルフィー(自撮り)を投稿すると、「政治利用されている」と批判のコメントが書き込まれる一方、26万件超の「いいね」が集まった。
「新聞読まない層」にリーチ、首相のこだわり
なぜSNSでの発信に力を入れるのか。
一つは支持層固めだ。第2次安倍政権以降の内閣支持率は、18~39歳の男性で際だって高いのが特徴。朝日新聞社の世論調査で、6月の内閣支持率は全体で45%だが、18~29歳の男性は60%(女性40%)、30代男性は50%(女性42%)。アベノミクスの経済効果や雇用環境の好転といった政権の看板が響きやすい世代だ。
閣僚の不祥事などがあっても、この世代の支持率は一時下がってもすぐに回復する。首相は、ジャーナリストの桜井よしこ氏の6月21日のインターネット番組で「情報の取り方が特に若い人たちを中心に変わってきた。今までのように報道ぶりがそのまま国民の理解にはつながってはいないんだろう」と語った。政府関係者は「首相は新聞を読まない層を重視している。SNSで自分でつかみとった情報は『真実だ』と信じる傾向にある」と解説する。
さらに、内閣支持率が比較的低い「若い女性層」との距離も縮めようという狙いもうかがえる。策の一つが、利用者に女性が比較的多いインスタグラムの立ち上げだ。首相官邸のアカウントを2017年12月に開設し、24万人のフォロワーを集める。タレントの香取慎吾さん、人気グループ「GENERATIONS from EXILE TRIBE」など、芸能人との写真をふんだんに載せる。
SNSの「中の人」、実は公務員
こうしたSNS運営の中心は、民間企業からの出向も含む内閣広報室の20代、30代の若手職員約10人。4月に安倍首相主催の「桜を見る会」でアイドルや芸人と首相が談笑するストーリーズを連投したのも、公務員でつくるこの「中の人」たちだ。
ハッシュタグや、24時間で投稿が消える「ストーリーズ」機能を活用し、「ギャル感ほんと好き」「JK(女子高生)よりも使いこなしてる」とネット上で話題だ。
だが、政策論争よりもイメージを重視した発信には批判もある。
立憲民主党の蓮舫副代表は5月、予算委員会の開催に応じない自民党に対し、「桜を見たり芸能人と会ったり、いろいろな方とご飯を食べたりしているようだが、安倍首相にその時間があるんだったら、国会に来るべきだ」と批判した。
自民党は「令和」が始まった5月、若者向けの広報戦略「#自民党2019」の展開を始めた。18~25歳向けの女性ファッション誌「ViVi」のウェブ版の広告企画記事では「どんな世の中にしたいか」を募り、インフルエンサー「ViVi girl」の着用したメッセージTシャツをプレゼント。SNSでの応募の際、ハッシュタグ「#自民党2019」をつけることが条件だったため、特定の政党の宣伝だとして、ネットで「炎上」した。
サイトで彼女らは「Diversity(いろんな文化が共生できる社会に)」などとメッセージを発信したが、自民党の政策は語られていなかった。首相が10代のダンサーやアーティストらと共演するCMも同様で、首相は「未来をつくりたい」とだけ語る。
「#自民党2019」のプロジェクトリーダーを務める甘利明選挙対策委員長は、「ファッションは政治と近づいてはいけないと誰が決めたのか。自民党をよろしく、というメッセージは書いてない」と話す。
こうした動きに、文筆業の能町みね子さんは「こんな薄っぺらいもので人気取りができるのかと思うが、ウェブニュースでもタイトルだけを見て反応する人はごまんといる。表層的なものの方が訴えかけるのだろう。うっすら『味方ですよ』ということだけを無言でたたき込む手法だ」と指摘する。
夫婦で同姓か別姓かを選ぶ「選択的夫婦別姓制度」について、東京都議会は6月19日、制度の法制化を促す意見書を国に提出するよう求める請願を賛成多数で採択したが、自民党だけが反対した。能町さんは「多様性を女の子たちは語る中で、ちょうど逆のことが決まった。(SNSの受け手には)もうちょっと考えようよと言いたい」。広告の内容と党の主張の整合性よりも、イメージ優先のあり方に警鐘を鳴らす。
一方、「メディアと自民党」などの著書がある西田亮介・東京工業大准教授は、「若年世代は政治への理解が乏しいと考えるのが自然だ。政治的なイメージを提示して訴求する手法は、費用対効果の高い合理的な手法で、優れている」と、イメージ先行の宣伝手法を評価する。
「日本は政治リテラシーが低く、政治に対して素朴なまなざしが蔓延(まんえん)している。若者が使うメディアを首相が使えば、『若者に理解がある』となりがちなのは自然なこと」と指摘する。(太田成美)
野党も強める若者へのアピール
野党各党も、SNSで高い発信力を持つインフルエンサーの活用などで若者へのアピールを強めている。
立憲民主党は2月から、高校生を中心とした10代や党所属の国会議員らが、お菓子を持ち寄って悩み相談や議論をする「オイシイ!? おしゃべり会議」を東京都内で2回開催。インフルエンサーのモデルらも参加したが、「直接議員と意見交換をすることに重点を置いている」(担当者)と、プレゼント企画をした自民党との違いを強調する。
ネット活用で先行したのは実は共産党だ。ネット選挙が解禁された2013年参院選で、「ゆるキャラ」満載の特設サイト「カクサン部!」を立ち上げ、政策をゆるーく解説した。
今年3月には、若者に人気の15秒間の動画投稿ができるSNS「TikTok(ティックトック)」にアカウントを開設。志位和夫委員長がピアノを弾く動画や、党職員がダンスする動画などをアップした。背景に「まもろう憲法9条」などのポスターはあるが、ここでは政策の説明はなく、フォロワーは1200人余りにとどまっている。
国民民主党は、党本部にテレビ局さながらの撮影スタジオを設けた。最新の撮影機材をそろえ、国会議員らが自前の動画をつくることができる。「永田町のユーチューバーになりたい!」と宣言した玉木雄一郎代表を始めとして、動画の配信で党の認知度につなげたい考えだ。