九州・山口でうどん好きの県といえば……?
こう聞かれて、宮崎県の名を挙げる人はどれだけいるだろうか。しかし、県民に聞けば「宮崎は隠れたうどんの聖地」という声が多数あがる。調べてみると、群雄割拠の老舗店が支えてきた独自の文化を持つ「隠れうどん県」の姿が見えてきた。
6月上旬。宮崎市内にある「三角茶屋 豊吉うどん吉村店」。ゾロゾロと客がのれんをくぐってきた。まるで昼時のような活気だが、時刻は朝の7時過ぎ。宮崎のうどんの特徴として真っ先にあがる、「朝うどん」の光景だ。
豊吉うどんは1932(昭和7)年の創業当時から一部を除き、朝6時の開業を続けている。当時、本店近くに青果市場やシルク工場があり、朝の早い青果業者らが常連だったことから「朝うどん」が根付いていったという。
やがて朝うどんから派生してか、早朝にラーメンを提供する店も登場した。「拉麺男(ラーメンマン)」(同市村角町)では7年前に午前6時から営業を始めた。通常よりあっさりめで価格と量を小さくした「朝ラー」(440円)を目当てに、開店前から客が並ぶことも。出勤前に立ち寄ったという男性会社員(41)は「宮崎県民は麺全般が好きですよ。朝ラー、昼うどん、夜ラーメンの3食の日もあります」。
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宮崎のうどん文化を表すもう一つの特徴が「〆(シメ)うどん」だ。全国有数の繁華街「ニシタチ」(宮崎市)では、宴の後にうどん店に足を運ぶ習慣がある。
50年以上の歴史があるうどん店「戸隠(とがくし)」は宮崎市内の〆うどんの名店のひとつ。2代目店主の猪野龍治さん(58)によると、ダンスホールを営んでいた先代のまかないが評判を呼び、うどん屋として生まれ変わった異色の系譜を持つ。
名物の「釜揚げうどん」はお湯につかったやわらかい細麺を付け汁にくぐらせてすする。午後7時~深夜2時の営業で、深夜帯は千鳥足で訪れる赤ら顔の酔客でにぎわう。常連の男性(52)は「酔っ払うと自然と店に向かってしまう」。ここ数年は女性や若者の客が増え、サラリーマンだらけだった昔に比べ、客層は幅広くなっているという。
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宮崎県民のうどん好きを表したデータがある。iタウンページ掲載(6月時点)の宮崎のうどん店は256店で、九州では福岡(835店)、鹿児島(259店)に次ぐ3番手だ。ただ、これを人口10万人あたりで割ると、2位の佐賀の18・2店を大きく上回る23・7店で、宮崎が九州・山口で最多に躍り出る。
そのほかの地域は大分(17・4店)、福岡(16・3店)、鹿児島(16・1店)、山口(15・4店)、長崎(13・0店)、熊本(10・7店)と続く。ちなみに「うどん県」の本家・香川県は全526店舗で、10万人あたりでは52・2店と文句なしの本家っぷりだった。
また、宮崎県内に構える全国チェーン店は「丸亀製麺」が6店舗あるのみ。昔ながらの老舗店が長く愛されてきたことがわかる。
街角で道行く人に「あなたの好きなうどん店は?」と聞いてみた――。甘めのつゆが特徴の「大盛うどん」(宮崎市江平西1丁目)、県北部で絶対の地位を誇る「天領うどん」(日向市など)、往年のプロ野球選手が通った釜揚げうどんの名店「重乃井」(宮崎市川原町)、おでんと一緒にうどんを楽しむ「山椒茶屋」(宮崎市など)……。その答えには枚挙にいとまがなく、ひとたびうどん談義が始まると「あの店が」「いや、あの店が」と、多くの人が熱っぽく語り出す。宮崎県民にはその一人一人に「推しうどん」がある模様だ。
宮崎のうどんは一般的に、讃岐うどんのようなコシの強い麺と比べ、柔和な県民性を表すかのような、やわらかい麺が特徴とも言われている。しかし、その裏にはそれぞれの老舗店がどっしりとコシを据えて守ってきた食文化があった。(大山稜)