ぷりっぷりの脂がのったマグロの握りをつかみ、クイッとひねると水がジャー。そんなユニークな蛇口を大阪の水栓器具メーカーと近畿大学(大阪府東大阪市)の学生が作った。売れ行きは好調なものの、販売中止の可能性も。一体どうして?
「まぐろ蛇口」を製造・販売しているのは大阪市西区の水栓器具のメーカー「カクダイ」。約7年前から「Da Reya(誰や)シリーズ」と銘打ち、やかんや手裏剣の形をした風変わりな蛇口を販売している。「まぐろ」もシリーズの一つで、正式名は「まぐろ蛇口って言うてるヤツ、誰や?」。
近大との連携のきっかけは約3年前。ある展示会でカクダイの蛇口を見た近大の教授が、ゼミの学生と商品開発をする企画を同社に提案。2018年春から佐藤絵里奈さん(22)ら4人の学生と製品化を進めてきた。
「東京オリンピックの開催も決まった。多くの外国人観光客に向けて日本をアピールできる蛇口を作ってみたい」。佐藤さんらはそんな思いを企画会議で伝えた。日本酒をイメージした「とっくり型蛇口」なども候補に挙がったが、近大が完全養殖に成功した「近大マグロ」のPRにもつながると考え、「マグロ握り型」に決めた。
蛇口のパイプ部分がすし下駄と一体化した構造で、下駄にのった食品サンプルの「マグロ握り」を左右に動かすことで水が流れたり止まったりする。
シャリは金属、塗料に粘り気
学生と企画にあたったカクダイの奥村麻衣さん(27)は「当たり前ですが誰も作ろうと思ったことすらない、すしの蛇口。きちんとした商品にするのはかなり難しかった」と振り返る。
特に「シャリ」部分に苦戦した。「シャリは蛇口のハンドルも兼ねていて必ず金属でないといけない。金属でどうやってつぶつぶ感を出すのか、試行錯誤を重ねた」と奥村さん。鋳型を何度も作り直し、シャリに塗る白色塗料の粘り気も調整したという。
昨年秋からホームセンターなどを通じて販売を始め、これまで11個が売れた。シリーズの中では好調だが、佐藤さんや奥村さんの心境は複雑だ。
カクダイには「ヒットした蛇口は、面白くない蛇口になる」という教えがあるという。「あまりに売れ過ぎちゃうと、生産中止になることも。もっと人気が出てほしいけど、ずっと蛇口を売りたいという気持ちもあって……」と奥村さん。
学生の人生を変えた蛇口
佐藤さんは今春、大学を卒業したばかり。在学中の就職活動では、いったん事務職に内定したが、営業職への思いが強くなって就活を続け、卒業直前に人材広告会社の内定を得た。
「面白い商品をどう作るか、どう工夫して売り込むか。そんなことを考えるのが好きだなって、気づいた。まぐろ蛇口のおかげですよね」
まぐろ蛇口は税別2万8千円。ホームセンターなどを通じて購入できる。(長谷川健)