◇17歳、マリアの決断の物語
主演のカタリーナ・サンディノ・モレノが、映画初出演ながら今年の米アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたことで、この作品に関心をもたれた方、いったいどんな映画だろう、と公開を待っていたファンも多いだろう。
ベルリン国際映画祭主演女優賞など数多くの女優賞を手にしたカタリーナ・サンディノ・モレノの存在感に圧倒される。モレノが画面に現れただけで、ぐいぐいとスクリーンから引きずられていくような、強烈なインパクトで迫ってくる。演技がどうだとか言う以前に、彼女の存在自身がすでに強い力を発して、観客にまばたきすらさせないような強烈な個性を放っている。
それは、カタリーナの数々の受賞だけでなく、サンダンス国際映画祭観客賞など作品自体への高い評価が示すとおり、監督・脚本のジョシュア・マーストンのシナリオや演出との相乗効果であることは言うまでもない。南米社会の現実をドキュメンタリーを思わせる迫力でリアルに映し出した展開、サスペンスをも際立たせた映像、そして、危うい道筋を踏みしめながら、強い意思と行動力で前に進み続ける主人公、マリアへの共感にじわじわと包まれていくのである。
コロンビアの田舎町で暮らす17歳のマリアは、家族5人の家計を支えるため、毎日バラ農園でのとげ抜きの作業を繰り返している。まだ真っ暗な夜明け前に、マリアは家を出てバラ農園に向かう。このやや薄暗く雑然としたバラ農園での作業風景からしてドキュメンタリーのようなリアルさが漂う。マリアは不満を抱えた毎日の中で、職場での上司とのトラブルから仕事をやめてしまう。外の世界に興味を示さないボーイフレンド、ホアンにも愛情を感じていない。しかし、そのホアンの子を妊娠してしまう。
それでも、家族のためにお金を稼がねばならない状況は変わらない。そんな時、パーティーで1度会った麻薬組織の男から「旅に関係する仕事」を誘われる。「ミュール(運び屋)」。麻薬を胃の中に飲み込み密輸する仕事に、いったんはちゅうちょするが、一回に5000ドルの報酬にひかれ引き受けてしまう。親指ほどの大きさのゴム袋にヘロインを詰めた数十粒飲み込み、ニューヨークまで運ぶ仕事。袋が体内で破れたら死んでしまうことも別のミュールから教わり、親友のブランカらとともに飛行機に乗り込むのだが……。
中盤からは税関とのやり取り、体調に異変を起こす仲間、麻薬を持っての逃走と、たたみこむようにドラマチックな展開が続く。緊迫感あふれるリアルな映像は、それまでのドキュメンタリータッチの映像があるからこそ、いっそう力強い。マリアは、見知らぬ土地ニューヨークで、どんな道を切り開いていくのか感じてほしい。
原題のサブタイトルに「Based on 1000 true stories」とあるように、監督・脚本のジョシュア・マーストンは、ヘロイン密輸で逮捕、投獄されたコロンビア移民女性の話からインスピレーションを得て、服役中の元運び屋や空港の税関職員、体内から麻薬の粒を取り除く手術で呼び出された外科医などから話を聞き、本作の構想を形作っていったという。
この作品は、筆者も持っていたコロンビア=麻薬といった短絡的なイメージを越えて、その実態の一端を解き明かした衝撃的な作品といえるだろう。まさに、深刻な問題をも浮かび上がらせている。
さらに、物語としての展開の面白さ、緊張感など飽きさせない監督の技量もさることながら、一人の17歳の女性の成長のドラマとして輝きを放っている。ラストシーンでのマリアの自らの意思による決断は、おそらくは過酷な現実と隣り合わせだろう。それでも、マリアの決断に拍手を送りたくなったのである。
日本での作品名がそれを見事に言い当てている。素晴らしい日本語の作品名であることも付け加えておきたい。
(10月15日から東京・渋谷のシネ・アミューズでロードショー、順次全国公開予定)
【鈴木 隆】
「そして、ひと粒のひかり」
2004年/アメリカ=コロンビア映画/101分/ムービーアイ配給
原題:MARIA FULL OF GRACE 製作:ポール・メゼイ 製作協力:オーランド・トーボン 監督・脚本:ジョシュア・マーストン 撮影:ジム・デノールト 編集:アン・マッケイブ、リー・パーシー、A、C、E 作曲:ジェイコブ・リーバーマン、レオナルド・ヘイブルム 音楽監修:リン・ファインシュタイン
出演:カタリーナ・サンディノ・モレノ、イェニー・パオラ・ヴェガ、ジョン・アレックス・トロ、ギリード・ロペス、パトリシア・ラエ、オーランド・トーボン、ジェイム・オゾリオ・ゴメス、ウィルソン・グエレロ
コピーライト表記
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