幕末に咸臨丸で太平洋を横断した当時の勝海舟の肖像画が、米国で見つかった。「咸臨丸子孫の会」(佐々木寛代表)の30人が、同船を操船した米海軍大尉の孫宅で保存されているのを確認した。同会の小杉伸一さん(53)は11月3日、咸臨丸ゆかりの神奈川県横須賀市の研究会で発表する予定で、同市自然・人文博物館の安池尋幸さんによると、海舟の肖像画は珍しく、咸臨丸当時のものは初めてではないかという。
肖像画の海舟は着物姿で脇差しを左に持ち、正面を見据えたポーズを取っている。A4判ほどの大きさで、水彩画のような彩色が施されているという。同会は10月6日から1週間訪米。海舟のひ孫の五味澄子さん(82)らが、咸臨丸を操船したジョン・ブルック大尉の孫でバージニア州に住むジョージ・ブルックさん(91)と対面した際、額縁に入った肖像画を見せられた。
肖像画の裏には「カーンからブルックへ」と書かれてあった。カメラがない当時は絵師が乗船して記録としてスケッチを残しており、絵師のカーンが、咸臨丸の頭取(船長)だった海舟をモデルに描き、ブルック大尉に贈ったものと分かった。
60年代に客員として慶応大で教えたこともある孫のブルックさんは「祖父が日米の絆(きずな)を築いたことを誇りに思う」と一行を歓迎したという。
咸臨丸は1860(万延元)年に出港。海舟ら日本人96人、ブルック大尉ら米国人11人が乗り込んだが、実際には米海軍のブルック大尉らが操船を指揮した。同船の機関士だった小杉雅之進のひ孫の小杉さんは「海舟は当時38歳。肖像画は日本の運命を背負った気概に満ちた顔が印象深い。横断から145年目の新発見」と話した。【網谷利一郎】