芸術のエリートが集う東京芸術大学で声楽を修めるも、経営の面白さに目覚め、卒業と同時にビジネススクールに進学――。米村智裕・クロスアート代表取締役CEO(29)は、こんなユニークなキャリアの持ち主だ。目指すは、日本のクラシック音楽ビジネスに革命をもたらすこと。MBAの力を借りた野心的な試みは、始まったばかりだ。
■3歳からピアノを習い始めた。
鹿児島県生まれで、高校は地元の進学校に進みました。大学は、ピアノの特技を生かし、教育学部の音楽科に進もうかなと、漠然と考えていました。でも教育学部に行くには、ピアノだけでなく、いろいろな科目ができなくてはなりません。歌もある程度歌える必要がある。ということで、高校2年のときに声楽を習い始めました。すると思いのほか声楽との相性がよく、周囲からも、声楽専攻だったら芸大に行けるのでは、とまで言われました。音楽全体を幅広く学びたいと考えていましたし、せっかく学ぶのであれば芸大がいいだろうと思い、芸大を受験しました。
芸大では音楽学部声楽科に籍を置きました。専攻はバリトン。4年間、声楽の勉強を続けました。ただ私は当初から、プロの演奏家を目指す考えはあまりありませんでした。芸大で音楽を学ぶ学生は、プロの演奏家を目指す人がほとんどですので、私のような学生は非常に希だったと思います。
大学2年のころから経営学に興味を持ち始めました。動機は、芸術の世界って何か非効率だな、と感じていたことです。芸大に入ってから、いろいろなクラシックコンサートに行ったり、コンサートの手伝いをしたりしていたのですが、著名な演奏家でない限り、聴衆は出演者の家族や友達が中心。演奏は魅力的なのに一般客を呼べない。やり方を変えればもっと客を呼べるのではないか。そうすれば、芸術の本来の価値をもっと生かせるのではないか。そんなことをいつも考えていました。今であれば、例えばマーケティングが悪いという表現もできるのですが、当時はマーケティングなんて言葉も知らないので、なぜこんなに非効率なんだろうと漠然と思っていました。同時に、どうすれば効率的にできるだろうかということも考えていました。そこでピンと来たのが、経営学を学ぶことだったのです。
■大学3年の時、卒業後はビジネススクールに行こうと決めた。
芸大には経営学の授業はないので、独学で経営学を勉強し始めました。大学3年の時、経営学への興味を一段とかき立てられる経験をしました。ビジネスプラン・コンテストへの参加です。コンテストの存在を知ったのは偶然でしたが、それなりの知名度も伝統もあるコンテストだったので、出てみることにしたのです。
コンテストにはいろいろな大学から学生が集まり、まず、参加者同士で5~6人の即席チームを作ります。そして1週間、合宿し、缶詰め状態になってビジネスプランを作り、最終的にプランの優劣を競います。私が参加した年の課題は、あるハンバーガーチェーンの新たな戦略、ビジネスプランを作りなさいというものでした。その会社の財務データや過去の取り組みなどが情報として与えられ、手分けして市場分析をしたり、議論を重ねたりして、プランを練り上げました。直前には議論も白熱し、徹夜もしました。出来上がったプランは、今見れば非常に安直なプランだったのですが、やっていたときはすごく楽しく、やっぱり経営って面白いなと思いました。
芸大は、ほとんどの学生がそのまま芸大の大学院を目指すのですが、私は早々と芸大の大学院には進まずビジネススクールに行くことを決め、親しい友人にも漏らしていました。指導教授にも言いました。とても理解のある先生で、やりたいことをやったらいいんじゃないと言ってくださり、ビジネススクールへの推薦文まで書いてもらいました。
■芸大卒業と同時に、一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース(HMBA)に入学した。
HMBAを選んだのは、プログラムが魅力的だったことが決め手でした。入学試験は面接の比重が高い印象でしたが、面接で「音楽や芸術の世界を経営学の力を使って何とかしたい」と話したら、とても面白がってもらえました。
HMBAの特徴は、単純に経営のツールを教えるだけではなく、経営学の名著を読みながら文章を書く力を鍛えたり、経営哲学を学ぶ授業があったりするなど、長期的にじんわりと効いてくるようなプログラムにあると思います。いわゆるケースメソッドを使った授業もありますが、それよりも教科書や議論を通じて考える力を身に付けさせることに重点を置いています。
授業が始まって最初に驚いたのは、冗談ではなく、授業が定刻に始まることでした。芸大では授業が定刻に始まらないこともありました。一橋の先生方は真面目だなと感心しました。(笑)
一番大変だったのは、課題の膨大な量ですね。一年生の前期は特に忙しかった。週に3~4本のリポートを提出しなければならず、毎週、徹夜していました。とにかく、書かされる量が半端ではなく、入学前に新入生全員に日本語の正しい書き方を学ぶ本を読ませるほど、書くことに力を入れているプログラムでした。
経営戦略の授業のクオリティーが高いのも特徴だと思います。私も一番印象に残る授業でした。リポート提出の頻度が高くてハードでしたが、得られるものも多かった。特に面白いと感じたのは、教科書に出てくる論理に当てはまる経営戦略を実際に立てている企業を探し出し、リポートにまとめるという課題。毎回、企業を探し出すのに非常に苦労しましたが、いろいろな会社のことを調べながら、この企業のこの行動はこういう論理だったのかというようなことを発見するのが、楽しくて仕方ありませんでした。
HMBAの学生はビジネス経験のある人も多いのですが、特にハンデは感じませんでした。基本的な部分は独学である程度勉強していたことが大きかったと思います。ただ、財務系の授業は辛かった。簿記の概念を知っているかどうかでスタートの位置がかなり違いました。これに関しては、時間をかけて勉強するしかありませんでした。
インタビュー/構成 猪瀬 聖(フリージャーナリスト)