アンドレイ・クズネツォフに勝利し、2年ぶりの16強入りを決めた錦織圭=ロイター
■匠の圭
錦織圭は2日に対戦したクズネツォフ(ロシア)に、5月の全仏オープンで勝っていた。その試合後、人情喜劇「寅さん」シリーズの主人公、車寅次郎のようなセリフを残した。
コラム「匠の圭」
「男としては、つらい決断だった」
何がつらかったのか。全仏を振り返ってみたい。
立ち上がりからガンガン打ち込んできた相手に対して受け身に回り、先にブレークを許した。本来、真っ向からのストローク勝負は錦織の真骨頂だが、「打ち合いをあきらめ、テンポを変えないといけないと思い始めた」。山なりのボールを織り交ぜ、緩急をつけた。高く弾む打球を待ちきれずに打ち急ぐクズネツォフの力みを誘う作戦が功を奏し、終わってみれば錦織のストレート勝ちだった。
舞台が赤土の全仏から芝のウィンブルドンに移っての再戦。錦織は試合前、こう分析していた。「芝が得意そうなテニスをする。一定のリズムでやるとテンポが良く、フォアもバックもフラットに打ってくる。そこを注意してやらないと」。直球系のショットを多用してくるから、球が弾まず、滑りやすい芝の舞台では、より手ごわい。そんな警戒感を口にしていた。
先手必勝。錦織は第1セット最初のサービスゲームで1ポイントも失わずに奪った。このセットの第1サーブの成功率は驚異の83%をマークした。「リターンが良い選手なので、第1サーブを入れるのが鍵だと思っていた」。スライス系の相手から逃げていく弾道のサーブが要所でエースになった。
ストローク戦では、この日も真っ向勝負は避けた。「フラットよりもなるべくスピンで。特にフォアはスピンを打ったら、相手がミスしてくれた。いつも以上にスライスも使った。うまく交ぜられた」。順回転、逆回転のショットを織り交ぜ、コースも自在に変えられる器用さを持つ第5シードの錦織が、全仏につづきストレート勝ちした。
前哨戦で痛めた左脇腹の痛みは癒えていない。それだけに、前日予定されていた試合が雨の影響で順延されたのは追い風になった。
もっとも、錦織は恵みの雨には感謝しつつ、大会の主催者には冗談交じりに、不満も漏らした。
「まあ、もうちょっと早く決断してくれれば、リハビリとかできたけど、(順延が決まったのが)午後8時だったので、ちょっとだけキレそうでしたね。きのうは7時間ぐらいしか眠れなかったですし」
腹筋の痛みとの戦いも、隠さずに吐露する。「試合中、自分の痛みと戦うときが多かった。正直、あんまり楽しくないというか、テニスに集中できない。自分の体に、いかにむち打って戦うかが大きい」
「痛みはつらいよ」の心境らしい。
勝負師らしくない言葉も漏らす。「自分の体と戦うことに神経を使っているので勝ちに欲が出てこない」。中一日ある。もし、体の回復が図れれば、無欲の強みがウィンブルドンでは初となる8強の扉をこじ開けるかもしれない。(編集委員・稲垣康介)