リターンを放つ錦織圭=ロイター
■匠の圭
試合直前の対戦者同士のウォームアップを見て、錦織圭が負ける危険性は低い、と予想はついた。
コラム「匠の圭」
錦織が出す球をグロート(豪州)はボレーで再三ネットにかけ、フォアの強打はアウトを繰り返した。
球足が速い芝が舞台だから、男子ツアー歴代最速の時速263キロを誇るサーブへの警戒は必須だった。プロ通算でグロートの芝の試合のサービスキープ率は90%。錦織の83%を上回る。
一方、受け身のもろさもデータは示していた。リターン、ストローク力に難があるから、リターンゲームの奪取率はわずか8%。錦織の22%に遠く及ばない。
錦織にしてみれば、先にブレークを許しさえしなければ気分良く弾丸サーブを打ち込まれることがない。そんな計算が成り立った。
流れを失いかけそうな局面が、2度ほどあった。
1―2で迎えた第1セット第4ゲーム。錦織はサービスゲームで0―40と追い込まれた。「あそこをしのいでいなかったら、簡単にセットを落としていたと思う」。そう振り返った場面だ。このピンチを5連続ポイントで抜け出した。ネットに詰めて圧力をかけ、強打を見舞う勝負勘がさえた。
5―5で迎えた第3セット第11ゲームでも15―40とピンチを招いたが、4連続ポイントで窮地を脱し、ストレート勝ちにつなげた。この日の第1サーブの平均速度は時速160キロだったが、このゲームのジュースの場面で最速の193キロが出た。
前哨戦で痛めた左脇腹は完治していない。第3セットの前には治療のためのタイムアウトを取った。記者会見では「何割ぐらいの力でサーブを打ったのか?」という質問も飛んだ。
錦織は具体的な数字は挙げず、こう返した。
「まあ、今日はそこまで良いサーブはいらなかったので、あれぐらいで良かったかな、と思います」
自分の体と相談し、相手の実力、調子と勘案しながら、腹筋に負荷がかかるサーブでの力の入れ具合を調整したわけだ。
次戦への反省も口にした。「ストローク戦があまりなかったのでリズムが作れなかったのが、言い訳としてある。ストロークのエラーも、出してはいけないところで出た」
コート上で跳ねるしぐさが見られるかが、錦織の気分の乗り具合を測るバロメーターなのだが、この日は影を潜めたままだった。
もっとも、「最低でもベスト8」を掲げる第5シードの錦織にすれば、初戦のストレート勝ちは試運転として上々、と割り切っているかもしれない。(編集委員・稲垣康介)