光永圓道さん
比叡山延暦寺の千日回峰行(かいほうぎょう)を7年前に満行(まんぎょう、達成)した天台宗僧侶の光永圓道(えんどう)さん(41)と歌舞伎役者の市川猿之助さん(40)の対談本「猿之助、比叡山に千日回峰行者を訪ねる」(春秋社)が出版された。ともに1975年生まれ。2人は仏道や芸の世界について語り合っている。光永さんに改めて聞いた。
「今の世の中、宗教も芸術も、仏教も歌舞伎も、いわば絶対に必要なものではない」
本の冒頭、猿之助さんが鋭く切り込んだ。その対談は昨年8月、比叡山の無動寺谷明王堂で3日間に及んだ。光永さんは「猿之助さんの仏教に対する専門的な知識はすばらしい」と振り返った。
回峰行は、円仁の弟子の相応和尚(そうおうかしょう、831~918)が始めたとされる。7年かけて計1千日、比叡山の峰々を巡って礼拝する。途中での断念は自害を意味し、短剣や首をつるひもを常に持つ。
700日を終えると、9日間の断食、断水、不眠、不臥で真言を唱え、不動明王と一体になることをめざす「堂入り」がある。光永さんの満行は、記録に残る織田信長の比叡山焼き打ち以降50人目だ。
「回峰行を始めたのはお礼参りでもあるんです」と光永さん。寺の生まれではなく、ぜんそくを治すため中学卒業後に比叡山へ。あいさつ、食事作法、掃除……。千日回峰行者で師匠の光永覚道さんらから厳しく教わった。
猿之助さんとは「ゲーム世代」と言う。回峰行もロールプレイングゲームにたとえて説明する。回峰行のスタートがレベル1で、徐々にレベルを上げていく。素足で履いていたわらじは足袋で履くようになる。頭にはハスを表す蓮華(れんげ)笠を頂き、杖も使えるようになる。
「学問も仕事も同じ。だんだん…