遺産相続の際、相続人の受け取り分を決める「遺産分割」の対象に預貯金が含まれるかが争われた裁判で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は19日、当事者双方の意見を聞く弁論を開いた。最高裁は年内にも判断を示す見通しで、これまで「預貯金は対象外」としてきた判例を変更するとみられる。
遺産の約4千万円の預金が法定相続分に従って2人の遺族に約2千万円ずつ分けられることをめぐって争われた裁判。遺族の1人は5千万円以上の生前贈与を受けており、もう1人の遺族が「預金を均等に分けるのは不公平だ」と訴えた。一、二審は、これまでの判例に従って預貯金は対象外と判断し、この遺族の主張を退けた。
この日の弁論で、生前贈与を受けなかった遺族の代理人は、「長年不合理と言われながら放置されてきた問題だ」と訴えた。生前贈与を受けた上に遺産の半分を受け取るのは、「公平な相続の原則に反して許されない」と主張した。
もう1人の遺族の代理人は、「現行法では預貯金は遺産分割の対象とならない。立法で解決するしかない」と訴えた。
以前から生前贈与がある場合などに相続が不公平になるとの指摘はあった。家裁の実務では、相続人全員の同意があれば預貯金を遺産分割の対象とするなどの工夫をしてきた。預貯金を遺産分割の対象にすることは、相続制度の見直しを検討している法相の諮問機関「法制審議会」の相続部会でも検討されている。
■銀行の対応に影響も
今回の裁判の大法廷決定は、死亡直後に遺族が故人の預貯金を引き出そうとした際の銀行の対応に、影響を与える可能性がある。
これまで銀行は判例と現実の間で対応に苦慮してきた。判例に従えば、相続人は遺産分割を経ずに法定相続分の範囲内の預金を引き出せる。ある大手行によると、実際に相続人が預金引き出しを求める訴訟を起こし、銀行が敗訴するケースも多いという。
一方で、一部の相続人の求めに応じて銀行が預金を払い戻せば、他の相続人との間でトラブルが生じ、銀行も責任を追及される事態になりかねない。
このため、大手行の間でも対応が分かれている。相続人の引き出しに柔軟に応じる銀行がある一方、原則として相続人全員の合意を求める銀行もある。
最高裁が仮に「預貯金は必ず遺産分割の対象になる」との判断を示せば、銀行は相続人の間で遺産分割の決着がつくまで、故人の預金の引き出しに応じにくくなる。特に柔軟に引き出しに応じてきた銀行は、見直しを迫られる。ただ、完全に引き出しを拒むと、故人名義の口座で生活していた配偶者などが、当面の生活費や葬儀代の支払いにさえ困る事態も想定される。
ある大手行の担当者は、「判決の中身次第で実務への影響は大きい。銀行としては当面の現金の引き出しに応える責任もあり、判例変更だけでは混乱が生じる可能性もある。立法で速やかに制度を整える必要がある」と話す。(千葉雄高)
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〈遺産分割〉 遺産は相続人同士が話し合って配分を決め、結論がまとまらなければ家裁での審判に移る。審判で公平な分配が図られ、相続人の一部が生前贈与を受けていた場合は、他の遺産の受け取り分が減る。
不動産、株式などは審判で扱う対象となるが、現在の判例では預貯金は対象にならない。審判の前でも、民法が定める配分比率(法定相続分)に応じてそれぞれの相続人のものになる。