CBとしてリーグトップの4インターセプトを決めている甲南大の土井(中央)
アメリカンフットボールの関西学生リーグは第5節を終えた。5年ぶりに1部で戦い、ここまで1勝4敗の甲南大には、八面六臂(はちめんろっぴ)の働きを続ける3年生がいる。CB(コーナーバック)の土井康平(兵庫・市西宮)は中学までのサッカー経験を生かし、ボールを蹴る役のキッカーとパンターも兼任する。一人三役だ。
足がつりやすい体質でもあり、試合には両足のふくらはぎに伸縮性のテーピングを貼って臨んでいる。それでも翌朝は足が動かない。土井は言う。「チームから出番をもらってるんで、痛いとかなんとか言ってられない。何とか1部に残れるよう、自分がやれることは全部やりたいです」
主にパス守備を担うCBとして、土井はレシーバーとの1対1の勝負に自信を持っている。初戦の立命大戦で一つ、2戦目の関学大戦で三つのパスインターセプトを決めた。4インターセプトはここまでリーグトップだ。
ただ3戦目から、土井が守るサイドにはパスがほとんど飛んで来ていない。相手が土井の力を認めている証拠だが、「試合の流れを変えるインターセプトをいつも狙ってるんですけど、勝負すらさせてもらえなくて……」と顔をしかめる。
市西宮高のアメリカンフットボール部には、1年後輩に松井理己(りき)という長身でスピードがあり、競り合いに強いレシーバーがいた。土井は毎日、松井とマンツーマンの勝負を繰り返した。1日20~30本。松井を封じるために工夫を重ねるうち、駆け引きができるようになり、1対1に自信が出てきた。
土井が甲南大へ進んだ翌年、松井は関学へ。すぐに活躍し、関学の鳥内秀晃監督は「チーム史上ナンバーワンのレシーバーになれる」と手放しでほめた。そして今シーズン、甲南が1部に上がったため、初めて対決が実現。土井は松井とのマッチアップで、相手QBのミスもあったが、ともかく松井に投げられたパスを奪った。
1995年8月、土井は阪神大震災の7カ月後に西宮市内で生まれた。物心ついてから、両親から当時のことを聞いた。同年1月17日の早朝、大きな揺れに襲われると、寝ていた母の右から、たんすが倒れてきた。しかし左側に置いてあった置物がつっかえ棒になって、母はたんすの下敷きにならずに済んだという。「僕はおなかの中にいたから、あのとき死んでてもおかしくなかった。だから、こうやってフットボールがやれてることを親に感謝してるし、いいプレーを見せたいと思ってます」
甲南は残り2試合、神戸大(1勝4敗)と同大(5敗)に連勝すれば、確実に2部との入れ替え戦を回避できる。「自分が4回生になる来年も絶対1部で戦いたいし、今年の4回生を勝たせてあげたい。ついていこうって思える先輩たちなんで」。今後もチャンスは少ないだろう。それでも土井は心を研ぎ澄ませ、インターセプトを狙う。(篠原大輔)