岩乃屋の石風呂外観。入浴客らの後ろの洞窟に石風呂がある=広島県竹原市忠海床浦1丁目
瀬戸内海の沿岸などに自生する海草、アマモを床に敷く昔ながらの石風呂(蒸し風呂)を守ってきた広島県竹原市忠海の岩乃屋が、6日で66年の歴史に幕を下ろす。アマモを使う石風呂は、全国的にもほとんど残っていないという。
JR忠海駅から南西へ約600メートル。受付で入浴料を払い、海沿いの通路を約30メートル進むと岩穴に着く。混浴なので水着に着替え、まずは扉に「ぬるい方」と書かれた方の石風呂へ。
薄暗い洞窟内で、床一面にふんわり敷かれたアマモに腰を下ろす。つかんでかいでみると、わずかに潮の香り。40~60度の熱気にたちまち汗が噴き出し、10分ほどで外へ。海風にあたっていると、すうっと汗がひいていく。続いて60~90度の「あつい方」へ。入った途端、皮膚に痛みを感じるような熱さにたまらず、10秒ほどで逃げ出した。
15年来の常連、東広島市の中村慎司さん(63)は「週2回、ここに来ると体がすっと軽くなり、風邪もひきにくくなった。なくなるなんて残念」と言う。
石風呂は、岩乃屋主人の稲村喬司(たかし)さん(75)の父親が1950年、軍用船を隠すため造られた洞窟を改造して開業。石風呂の中で木の枝を燃やして壁や天井を暖め、アマモを敷き詰めるといった地元伝来の手法を守ってきた。当時は農業や漁業の合間に体を休める人でにぎわっていたという。
稲村さんは50歳で心筋梗塞(こうそく)を患い、1年半休業したこともあるが、続けられたのはお客さんに喜んでほしい一心からという。「『いい汗をかいたよ。ありがとう』と言ってもらえるのは商売冥利(みょうり)に尽きます」
しかし石風呂文化は次第に廃れ、稲村さんも瀬戸内海のアマモが少なくなってきたことや、燃料の木の枝が農家の高齢化で入手困難になってきたことから、75歳になるのを機に廃業を決めた。「休みらしい休みもなかったので、女房をどこかに連れて行ってやりたい」と笑顔で話した。
石風呂は午前11時半~午後9時。料金は1200円(午後4時以降1100円)。問い合わせは0846・26・0719。(清水康志)