蔵の戸袋から移された鏝絵を説明する上鶴養正さん。富士山やタカが描かれている=大分県宇佐市安心院町
左官職人たちがコテを使って、土蔵の壁などにしっくいで描く「鏝絵(こてえ)」。「庶民の芸術」とも言われるカラフルな装飾が今も多く残る町のひとつが、大分県宇佐市安心院(あじむ)町だ。地域の住民たちが脈々と伝統を守り続けている。
■レリーフのよう
赤や青など鮮やかに色づけされた虎や竜、七福神。宇佐市安心院町の通称「鏝絵通り」を歩くと、約500メートルの道沿いの住宅などの壁に約30点が並ぶ。つくられてから100年以上経った鏝絵も交じる。立体的になっていて、「絵」というよりもレリーフのようだ。
大分県立歴史博物館(宇佐市)の菅野剛宏・学芸調査課長によれば、鏝絵は、左官職人が家や土蔵を建てる際、土壁に塗るしっくいを重ねてつくった。無病息災や火事よけなどを願って描いたものが多いらしい。
安心院の鏝絵は、しっくいの上に色を塗るのではなく、顔料をしっくいに練り込むため、表面が風化しても色合いが残るのが特長という。
しっくいが塗られた土壁が、庶民の間に普及し始めた江戸中期以降、全国各地で流行したという。コテを使ったその精巧さから「庶民の芸術」とも言われる。ただ、土壁の家が減ったことに伴い、つくられることもめっきり減った。
大分県の鏝絵づくりの文化は1996年、「大分の鏝絵習俗」として国の無形民俗文化財に選ばれた。文化庁によると、大分県内には少なくとも774軒の住宅などに鏝絵が残っている。このうち、100軒が安心院町に集中する。
菅野課長は「安心院は全国有数の鏝絵密集地」と胸を張る。