インタビューに答える周防正行監督=東京・渋谷、相場郁朗撮影
■映画監督・周防正行さん(60)
「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が国会で議論されている。政府は「テロ対策に必要」との立場だが、捜査当局による乱用や「表現の自由」などの侵害を危惧する声もある。痴漢冤罪(えんざい)事件を扱った「それでもボクはやってない」などで刑事司法をテーマにしてきた映画監督周防正行さんはどう考えるか。
特集「共謀罪」
自由を奪われることで、社会は安全になるのだろうか
映画「それでもボクはやってない」(2007年)で刑事司法のあり方を世に問うた。一審の有罪を覆し二審で逆転無罪を勝ち取った痴漢事件を新聞で知り、刑事裁判に興味を抱いたことが作品を撮ったきっかけだ。当時は、なぜこんな冤罪(えんざい)が起きるのかと疑問だった。
10年には大阪地検特捜部の証拠改ざん事件が発覚した。後に厚生労働事務次官となる村木厚子さんが逮捕されたが無罪になり、大きな社会問題となった。その後、刑事司法制度の改革を議論するための国の会議の一員になった。
警察官や検察官、裁判官と話して感じたのは、法律とは怖いもので、解釈と運用により、どうにでも使われてしまう。今回の法案は解釈の幅が広い。事件が起きてからではなく、それよりも前の段階で処罰されるため、犯罪になるのかどうかの線引きは捜査機関が判断する。政府は否定するだろうが、権力に都合の悪い運動や主張をする人を立件する武器を手に入れることになる。
時の政権に声を上げることがはばかられる社会になるだろう。表現をする立場には確実に影響が出る。例えば「反原発」や「基地問題」をテーマに、政府を批判する映画を準備するとどうなるのか。法案では「組織的犯罪集団」が捜査の対象とされる。撮影は監督を中心にスタッフが組織的に動く。「治安を乱すおそれがある」と、日常的に情報を集められるのではないか。
権力としては、新設する罪を使って有罪にしなくてもいい。「話を少し聞きたい」と任意の捜査をするだけで、萎縮効果は抜群だ。「私たちが何を考えているのか」を国家が絶えず監視する社会になる。密告や自白といった証拠に頼らざるをえず、冤罪は確実に増える。「映画監督としてどう思うか」の前に一人の人間として許せない法案だ。
政府は「一般人は対象ではない」とも言う。では、そもそも「一般人」とはどんな人か。誰でも犯罪をする可能性があり、誰でも「犯罪をした」と疑われる可能性がある。だから全ての人が対象になる。
警察は捜査の手段が増えた方がよいと考えるはずだ。権力側がその力を強くしようと動くのは宿命だ。その捜査機関に対しては裁判官がチェックするシステムだと政府は言う。だが、裁判官は人権を守る最後の砦(とりで)ではなく、国家権力を守る最後の砦と化している。
十数年前に「共謀罪」が議論された当時とは社会が変わった。世界でテロが多発し、東京五輪の開催を控える。「怪しい人は捕まえてほしい」と考え、社会がこの法案を許してしまうのではないかと心配している。自分には関係ないからと無関心でいれば、知らぬ間に自由が失われる。
運用が始まれば、捜査機関や裁判所による抑制やチェックに期待はできない。権力が新たな制度をつくろうとするときは、私たちが抑制をかけなければならない。民主主義の成熟度が問われているときだ。(金子元希)
◇
すお・まさゆき 主な作品に「Shall we ダンス?」や痴漢冤罪事件を題材とした「それでもボクはやってない」など。