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無言の凶弾、あの夜何が 阪神支局襲撃30年目の証言

作者:佚名  来源:asahi.com   更新:2017-4-20 15:14:23  点击:  切换到繁體中文

 

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高山顕治記者。現在は秩父支局長として、地域の取材にあたる=埼玉県秩父市


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1987年5月3日、憲法記念日の夜だった。朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)で記者2人が殺傷された。その後、標的は名古屋本社の社員寮などにも広がり、多くの市民が「言論の自由」を暴力で封殺しようとした事件と受け止めた。襲撃事件からまもなく30年。当時を知る人たちの証言をもとに事件を再現する。


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日曜日の夜、阪神支局2階の編集室には休日態勢で3人の記者がいた。原稿が一段落した後、食事を終え、応接ソファでくつろいでいた。


午後8時15分ごろ、高山顕治記者(55)は編集室の通路に人の気配を感じ、視線を移した。


黒っぽい目出し帽をかぶり、散弾銃を腰に構えた男が立っていた。「最初は誰かのいたずらだと思った」


男は一言も声を出さず、入り口側の方を向いて座っていた犬飼兵衛記者(72)に、いきなり発砲した。犬飼記者の反対側にいた小尻知博記者(当時29)に近づき、約1メートルの至近距離から、さらに1発を放った。


2発の銃声が響きわたった。小尻記者の右側に座っていた高山記者は、耳が一瞬、聞こえなくなるほどのごう音だった、という。銃口は高山記者にも向いたが、男は無言のまま出て行った。


「足音もなく、落ち着き払っていた」


小尻記者はソファに顔をうずめるように崩れ、「うーっ」とうめき続けていた。犬飼記者は床で仰向けになっていた。


「朝日新聞です。銃で2人が撃たれました。救急車も呼んで下さい」。高山記者は110番通報。大阪本社社会部や支局長、支局員らへの連絡に追われた。


犬飼記者の小指は吹き飛び、薬指は皮1枚残してぶら下がり、中指も半分ちぎれかけていた。犬飼記者は訴えた。「腕を縛ってくれ」


8時23分、県警西宮署のパトカーが到着。警察官が編集室に駆けあがると、入り口の扉は鍵がかかっていた。高山記者は施錠した理由をはっきり覚えていないが、「犯人が戻ってくると思ったからではないか」。


事件後の数カ月間、銃を構える目出し帽の男の夢を見ることもあった。「自宅に夜帰る時も怖かった」


それでも、この30年間、写真記者として各地の現場を踏み続け、今は埼玉県の秩父支局長として地域のニュースを追いかけている。


「事件で報道が萎縮することはあってはならない。暴力に屈しない、と写真や原稿を発信してきた」。そんな思いが支えてきた。(吉沢英将)




 

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