W杯開催の意味について語る林敏之さん
2019年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で2日、全試合の日程と会場が決まった。世界トップの試合をいかに楽しむべきか。元日本代表の林敏之さん(57)に聞いた。
日本でW杯を開催することの意味は、生で見る、感じることができることに尽きます。言葉や理屈ではない。私が学生時代、社会人を通して過ごした関西で開かれることはもちろん、全国各地で開催されることが個人的には素晴らしいことと思います。
ラグビーは「手軽」ではないスポーツです。生身のぶつかり合いは痛く、きついし、汚い。でもそれぞれ役割が与えられており、怖くても相手にぶつからないといけない。1チーム15人という球技の中で抜け出て多い人数が、それぞれ責任を果たし、相手ゴールに向かう。そんな難しさを乗り越えるのが面白い。その最高峰がW杯です。
1987年、豪州とニュージーランドの共催だった第1回W杯で主将を務めました。今のように大会に向けて代表合宿を頻繁に行って組織や戦術を作り上げる環境はなかった。1次リーグの3試合を戦ったのですが、初戦で米国に18―21で敗れ、続くイングランド戦では7―60と大敗。3戦目は当時世界最強と言われた豪州と敵地・シドニーでの対戦です。
練習でのミーティングでは「このままでは帰れない」と何度も涙ぐみながら思いを訴えていたと記憶しています。そこからチームとして戦い方も気持ちも一気に一つの方向に向かった。結果は23―42。敗れましたが、全員が体を張り、その時点でのベストを出し尽くした爽快感にあふれました。スタンドからの拍手と声援も忘れられない。
困難を克服する喜びというものを生で体験したり、目前で見ることで感情は揺さぶられ、感性が活性化される。こんな経験が人間を豊かにすると確信しました。06年にNPO法人「ヒーローズ」を立ち上げ、ラグビー教室や全国大会を開きながら、その素晴らしさを伝えています。
さらに、私自身、海外への留学経験もあるから強く思うことがあります。
日本でよく言われる「ワン・フォー・オール(1人はみんなのために)、オール・フォー・ワン(みんなは1人のために)」や「ノーサイド」の精神はあまり外国では聞きません。日本により色濃く残っている。常に味方を思いやりながらプレーし、会場の雰囲気も含めて試合後に相手をたたえる姿勢はおそらく、日本に「和」の文化があるからではないか。それは世界に誇れるものです。
今大会は、改めて日本人がその素晴らしさを再確認し、世界に発信するチャンスだとも思うのです。(構成・有田憲一)
〈はやし・としゆき〉 1960年2月、徳島市出身。同志社大から神戸製鋼に進んで7年連続の日本一に貢献。日本代表として第1、2回のW杯に出場するなど計38キャップ。オックスフォード大に留学していた90年はケンブリッジ大との定期戦に出場。世界選抜に選ばれた経験も。ポジションはFWで「壊し屋」の異名。