福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力旧経営陣3人の第5回公判が10日、東京地裁であった。事故前に津波対策を担った東電社員が出廷し、15・7メートルの予想津波高を前提に対策を考えたが、当時は原子力・立地本部副本部長だった元副社長の武藤栄被告(67)から見送りを指示されたと証言。その際に「力が抜けた」と振り返った。
出廷した社員は東電が2007年11月に設けた「地震対策センター」で、同原発の津波対策を検討した「土木調査グループ」に所属。検討結果を武藤氏に直接報告していた。
証言によると、電力各社は旧原子力安全・保安院から原発の地震対策の見直しを求められており、同グループは国の専門機関が出した地震予測「長期評価」をもとに検討することを決定。社員は「『長期評価』を採り入れるべきだとグループ内で意見が一致した」と述べた。
グループは長期評価に基づく予想津波高の分析を子会社に依頼。08年3月に「最大15・7メートル」との結果を得て、同年6月にこの社員らが武藤氏に報告。防潮堤設置の許認可手続きの調査を指示されて検討を続けたが、同年7月になって理由を示されぬまま、武藤氏からこの津波高の採用見送りを指示されたという。
社員は「対策を進める方向だと担当者たちは思っていたが保留になった」「予想しない回答だった」などと振り返り、「力が抜け、その後の会議の記憶が残っていない」と述べた。
社員は津波高見送りを指示された後も、「長期評価を否定することは困難と思っていた」と証言。他社との打ち合わせでも、同様に説明したと述べた。
武藤氏ら3被告は15・7メートルの予想津波高について「試算に過ぎない」と主張し、長期評価についても「信頼性にも疑問がある」として、刑事責任を否認している。(杉浦幹治、北沢拓也)
解説 覆った社内手続き 上層部の判断焦点
東京電力はこれまで、15・7メートルの津波高が「試算にすぎない」と繰り返してきた。しかし、この日の社員の証言からは、対策につなげる前提で社内手続きが進んでいた状況が浮かんだ。
計算のもとになったのは国が2002年に公表し、過去に記録がない福島沖でも津波が起きる可能性を指摘した「長期評価」だ。専門家の間でも異論はあったが、証言からは東電の担当部門が07年12月に「考慮すべきだ」と結論を出したことがはっきりした。
当時、国は原発の地震対策の見直しを求めており、津波についても電力会社が報告書を提出し、公開の場で議論する必要があった。長期評価を支持する専門家も審議にかかわり、現場は「採り入れざるを得ない」と判断したという。
だが、この方針は津波高の計算結果が出た4カ月後、突如覆されたという。裁判は今後、社内の上層部がこの時、どのように判断したのかが焦点になる。(編集委員・佐々木英輔)