UCC上島珈琲の企業墓
時紀行
和歌山に本社を置く大企業は少ない。でも、企業の墓は高野山にたくさんある。いったいなぜ?というのが取材のきっかけだった。見えてきたのは、創業の原点を大切にする思いや繁栄への願い。老杉の大木に守られるように墓が立ち並ぶ道を歩くと、企業の昔と今と未来をつなぐ「タイムトンネル」をくぐっている気になる。
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(時紀行:時の余話)栄枯盛衰、「はかなさ」漂う企業墓
コーヒーカップ、ロケット、ヤクルト容器――。様々な形のオブジェが並ぶ道を、観光ガイドが団体客を引き連れて歩く。ここはテーマパークではない。和歌山県にある世界遺産高野山の墓地だ。奥の院の参道などに、100社を超す企業の供養塔や慰霊碑が並ぶ。
塔や碑は企業墓(きぎょうばか)と呼ばれる。シャープ、日産自動車、キリンビールなど、名だたる企業がこぞってこの地に建立し、高野山金剛峯寺によると、ほぼ空きがない状態。「浄土への企業進出ですな」と中牧弘允・国立民族学博物館名誉教授(経営人類学)。名刺受けを備えた墓も多い。
織田信長、武田信玄ら戦国武将の墓が並ぶなか、変わった形の墓石がひときわ目を引く。ちなみに、コーヒーカップは、UCC上島珈琲(神戸市)、ロケットの形は、航空機事業の新明和工業(兵庫県宝塚市)。ガイドの一人は「まるで墓の博覧会でしょ」。
亡くなった社員、退職者を供養する目的で建てられたが、外国人観光客の目には不思議に映るようだ。イタリアの留学生マルティーナ・フォルテさん(22)は「会社が社員を供養する文化はイタリアではなじみがない」と話す。
最初の企業墓が建立されたのは80年前。先駆けは「経営の神様」の会社だった。
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企業墓の最古参は、家族主義的経営で成長した松下電器産業(現パナソニック)だ。同社の供養塔は、老杉の大木が立ち並ぶ奥の院の参道脇にある。
社史などによると、建立は1938年。場所を選んだのは、創業者松下幸之助の丁稚(でっち)時代の奉公先の主人だ。主人が高野山と縁が深かった。松下は9歳から大阪・船場で働き、「社会人としての出発点」と位置づけていた。主人夫妻から「実の子どものようにかわいがってもらい」、「商売の道というものを体得することができた」(松下の自著「縁、この不思議なるもの」)。
今も社員がここで先人を供養する。支えるのは「祭祀(さいし)担当」だ。初代が僧侶だった後は人事異動で配属された。5代目の田中観士さん(46)は8年目。配属後に寺で修行し、僧侶になった。袈裟(けさ)姿で各地の事業所を回り、社員の安全祈願や物故社員の供養などに携わる。同社は今年創業100年。「祭祀を通し、人を大事にする創業理念を継承していく」と話す。
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