米国は多様な人種や価値観が共存する「サラダボウル」と形容されてきた。近ごろは、共存空間を隔てる「高い壁」をそこかしこに感じる。だが、そんな壁を壊そうと懸命に取り組む市民もいる。
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朝、集会所に住民たちが集まってきた。共和党は赤、民主党は青と、支持する政党のシンボルカラーの名札をつけて輪になった。自分がどんな偏見にさらされているか、胸のうちを明かすことから、対話は始まった。
「私のような共和党支持者をあなたたちは『同性愛者嫌い』と思っているでしょう。でも私の息子はゲイなのです」。女性が口を開くと、室内はしんと静まりかえった。「私は同性愛の人を平等に愛せます。でもそのライフスタイルを受け入れる心の準備がまだなくて……」
民主党と共和党の支持者同士の和解を目指す活動を各地で開いているNGO「ベターエンジェルズ」が、オハイオ州の町で催した対話ワークショップをのぞいた時のことである。
「あの政党を支持するのはこんな人物」と単純に決めつけるにはあまりに複雑な人生をおのおのが背負っていることに、参加者はまず気付く。
議題を変え、対話は夕方まで続いた。〈自ら信じる価値観がなぜ米国のためになると思うのか〉〈支持政党の嫌な点は〉
「私も地球温暖化は心配だ。ただ規制で縛る発想が嫌いなんだ。個々の市民が責任をもって環境を守るべきだ」と「赤」の男性。「青」の女性は「移民や性的少数者にも居場所がある社会であってほしい」。やりとりが進むうち、相手の発言にうなずく顔が増えてくる。
「支持政党にたどりつくまでの体験や心の変遷を知れば、違いよりも共通点が見えてきます」。司会を務めたNGOスタッフは説明してくれた。
米国で社会分断が深まった要因の一つが、与党に有利に選挙区を引き直す戦術(ゲリマンダリング)だ。ミシガン州は11月の中間選挙で、下院選挙区を決める権限を、州議会から超党派の市民が構成する独立機関に移す制度改正の是非を有権者に問う。各地で勉強会を重ね、40万人の署名を集めて州民投票を実現させたのもNGOだ。
勉強会を見学した。「今の制度は、有権者が政治家を選ぶのではなく、政治家が有権者を選ぶようなもの」。講師役のボランティアが説明する。質問も矢のように飛んだ。「独立機関はどうやって中立を保つのか」
これだけ社会分断が進むと党派の垣根を超えた取り組みは決して容易ではない。このNGOは、制度改正で不利になる共和党から「民主党の手先」という攻撃にさらされた。
一方、ベターエンジェルズは地域の民主・共和の双方の支持者が共同世話人となり、一緒に対話への参加を呼び掛ける。
なぜそこまで手間をかけて相手と向き合うのか。「政治家はころころ変わるけど、私たちは将来も隣り合って暮らしていかねばならない。憎み合って生きたくないからね」と世話人のグレッグ・スミスさん。暮らしを守る市民の知恵だった。(アメリカ総局長・沢村亙)