ドイツのメルケル首相が29日、与党キリスト教民主同盟(CDU)党首を辞任すると表明したことで、波紋は国外にも広がる。2021年まで首相を続ける意向は示したが、メルケル政権が「死に体」に陥る可能性は否めず、欧州連合(EU)内での様々な課題解決にも影響を与えそうだ。
メルケル氏は党首辞任を表明した29日の記者会見で「外交的課題では、英国のEU離脱や米国のINF(中距離核戦力)全廃条約の破棄がある。これからも私は忙しい」と語った。「首相の任期を終えるころには、これもあれも達成したと言えるだろう」
メルケル氏はEUの予算を最も多く負担する国のトップとして、ギリシャ発の債務危機や難民問題の対応など、EU全体の問題について議論を主導してきた。EUは今、より加盟国間の結びつきを強くし、通貨ユーロを使う国で共通予算を作ったり、難民の受け入れ負担を公平にしたりと、改革策を議論している。
しかし、メルケル氏がこれまで、EUや主要7カ国(G7)の首脳会議などの国際舞台でリーダーシップを発揮してきたのも、盤石な国内基盤があってこそだ。
党首を辞任したからといって、国内での逆風がやむ保証はない。過去には04年、社会民主党の党首だったシュレーダー首相が党の支持率低下を理由に党首を辞任。労働市場の構造改革に手をつけたことが響いた。その後も党勢は戻らず、05年に任期を残して解散総選挙に追い込まれた。
辞任表明の影響は、早くも現れ始めている。
CDU内には、他国への財政移転につながりかねないとの理由でユーロ圏内の共通予算案に反対し、難民の受け入れにも批判的な声は根強い。メルケル氏の後任党首にこうした主張の人物が選ばれれば、首相の方針と党の方針がずれる場面が増えそうだ。
30日には「メルケル氏とは水と油」と評される元連邦議会の議員でCDU・CSU(キリスト教社会同盟)の院内総務を務めたフリードリヒ・メルツ氏(62)が12月の党首選への立候補を正式に表明した。メルケル氏が党に配慮をすれば、EUの政策論議が停滞するおそれがある。
30日のドイツ主要紙の1面には「メルケル時代の終わり」の見出しが躍った。
メルケル氏と二人三脚でEUを主導してきたフランスのマクロン大統領は29日の記者会見で「メルケル氏は欧州の価値が何かを忘れることはなかった。欧州では極右が台頭し、状況は全く楽観できない」と語った。メルケル政権の不安定化への懸念は大きい。
逆に、欧州の右翼政党は勢いづく。移民排斥やEUからの離脱を主張するオランダの自由党のウィルダース党首は29日、ツイッターにこう投稿した。「メルケルは終わり。マクロンは弱い。(EU懐疑主義のイタリア副首相の)サルビーニは強い。英国のEU離脱。EUの崩壊が次々に明らかになっている」(ベルリン=高野弦、ブリュッセル=津阪直樹、パリ=疋田多揚)