「世界のミウラ」復活の裏に息子の活躍 南米最高峰へ——贯通日本资讯频道
您现在的位置: 贯通日本 >> 资讯 >> スポーツ >> 正文
「世界のミウラ」復活の裏に息子の活躍 南米最高峰へ

来年1月、86歳で南米大陸最高峰のアコンカグア(標高6962メートル)の登頂をめざすプロスキーヤーの三浦雄一郎さん。70歳、75歳、80歳で3度エベレストに登るなど、高齢になっても挑戦を続ける転機は、息子と父でした。


【特集】三浦雄一郎さん、南米最高峰に挑戦


10月、山梨・富士山6合目。雲の切れ間から青空がのぞく。灰色の石が転がる登山道で、刻むように歩を進めた。年明けの遠征に向けたトレーニングだった。


山に入った初日は立ち止まる場面が度々あった。心臓は複数回の手術をして、不整脈もある。同行する次男豪太さん(49)が脈拍や体調を確認しながら登ったが、自らも「心臓が空回りに近い状態」と不調を自覚していた。


だが、標高2230メートルの山小屋・佐藤小屋で一晩を過ごした翌日には回復。「ふぅー、ふぅー」と深い呼吸でリズムを整え、目標にした標高2700メートル付近にたどりついた。


長年の経験で「山に入ると元気になる」という成功パターンを身につけた。「そのうちなんとかなる」と考える「無責任な楽天主義」を貫き、ゆっくり歩いて追い越されても、追いつけなくても、焦らず、あわてず、あきらめず。「僕にとって山は最上のホスピタル」が持論だ。


この夏も、チリの標高3千メートルにあるスキー場で2週間、滑り込んだ。当初は高山病で100メートルを歩くのに3回も休んだが、日がたつと夕方までゲレンデにいて、へとへとになるまで滑っていた。


今も肩書は「プロスキーヤー」と胸を張る。リフトがない時代から山を滑るために山に登った。


北海道大学の学生だった1953年5月。大雪山の春スキーから下山すると、山仲間たちが「日本中が騒ぎだ」と色めき立った。エドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイの2人が初めて世界最高峰のエベレスト(8848メートル)に――。「いつか俺も」と遠い頂に憧れた。


それからちょうど半世紀が過ぎた2003年5月。70歳でエベレストに登頂し、今度は世界を騒がせる番になった。


思い立ったのはその5年前だった。数々の冒険を成し遂げてきた「世界のミウラ」だったが、当時は第一線からほど遠かった。53歳で世界7大陸最高峰の滑降を達成すると目標が見つからず、心は燃え尽きていた。体重は増えて、不摂生な生活になっていた。


転機は息子と父だった。豪太さんが雪面のこぶを滑って、ジャンプ台で空中技(エア)を決めるフリースタイルスキー・モーグルで94年のリレハンメル五輪に出場した。さらに98年の長野も連続で出場すると決勝に残り、スポットライトを浴びた。


長女、長男を含めて3人の子ども全員を海外に留学させた。「最も期待の薄かった」という末っ子の豪太さんがモーグルで開眼した。


若い頃からスキーを続けていた父敬三さんは豪太さんを「一門の誉れじゃ」とたたえた。その敬三さんも99歳でヨーロッパアルプスのモンブランで氷河を滑る目標を立て、トレーニングに励むようになった。


再び冒険心に火がともった。


その後も偉業を重ねた。75歳、80歳と5年ごとにエベレストに登った。85歳ではヒマラヤのチョー・オユー(8201メートル)からのスキーを計画した。現地の年齢制限で断念したが、すぐ「では南米最高峰に行く」と狙いを切り替えた。さらに「3回登ったから、もうたくさん」と語ってきたはずだったエベレストに、「90歳でもう一度行きたい。素晴らしい山だ」とも言うようになり、家族を驚かせている。


8千メートル級の登山の困難さを「70歳ぐらい加齢される」と表現する。単純に足せば150歳超。生きている年齢ではない。「人間の体がどこまで耐えられるのか」という冒険でもある。


常に頭にあるのは「目標を持つ」生き方だ。好きなことに夢中になり、体力も気力も衰えることを防いできた。そんな姿に中高年世代からは「やる気になった」「元気をもらった」と言われる。


でも、他人のために登っているつもりはない。では、なぜ山に行くのか。「まずその山に登りたい、頂上に立ちたいという願望がある」と純粋だ。「一歩ずつ歩くたびに『ここまでたどり着いた』という達成感が常にある。景色を見て、振り返って、自分はこんなに高いところに来られた、と登りながら感じている」


片足に2キロの重りの入った靴で街を歩き、ステーキは600グラム以上を平らげる。家族や周りの手厚い支援による登山は「究極の老人介護登山」と笑う。


アコンカグアの遠征中の来年1月12日、86歳と3カ月になる。人間の限界に挑む旅は終わらない。(金子元希)



みうら・ゆういちろう 1932年青森市生まれ。北海道大学獣医学部卒。64年、イタリアでスキーのスピードを競う大会で、当時の世界新記録を樹立。66年に富士山からの直滑降、70年にエベレストの8千メートルからの滑降を達成した。85年のアコンカグアの登頂と滑降で、世界7大陸最高峰での滑降を実現。エベレストには70、75、80歳で登頂した。92年から各地にキャンパスを持つ通信制のクラーク記念国際高校の校長を務める。


新闻录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

发表评论】【加入收藏】【告诉好友】【打印此文】【关闭窗口

相关文章

スポ庁の徒歩通勤啓発は「税金の無駄」 有識者バッサリ
スポーツくじBIG、当選金最高額12億円に引き上げへ
朝日レガッタのレース、ドローン動画を生配信 大会初
福原愛さんが第2子出産、4月3日に 夫がFBで公表
世界バレー開催地、日本は落選 赤字響き予算編成が難航
賞を贈りつくされた吉田沙保里さん、地元が贈る五つ目は
「まずはそこから」 挑戦終えた三浦親子のはじめの一歩
「三浦さんの声届けたい」一人で生中継、同行記者の挑戦
三浦雄一郎さん、最後の夜はワインと肉 ひげそり帰国へ
アコンカグア遠征隊、5人が出発 三浦さんは18日から
遠征隊支える現地ガイド 三浦雄一郎さん「有能で熱心」
三浦雄一郎さんルート変更 南米最高峰、22日に登頂へ
「ああ、おいしい」標高4200mでの豚汁にホッと一息
86歳の挑戦注目の的 国際色豊かなベースキャンプで
父は合格、息子は追試 南米最高峰で健康チェック
テント内は半袖でも 三浦さん、ベースキャンプ生活開始
あと100メートルで登頂断念 西田敏行さんの壮絶体験
アトレ、海外1号店は台湾 JRパスも売るけど駅のそと
三浦雄一郎さん、ベースキャンプ入り 風と雪で1日遅れ
三浦雄一郎さん、荒天でベースキャンプ入り延期も動じず
三浦雄一郎さん、荒天でベースキャンプ入り延期も動じず
三浦雄一郎さん目指す南米大陸最高峰、姿現す
気候一変、夏なのに雪 三浦雄一郎さんにアンデスの洗礼
「86歳には見えぬ」 現地も三浦さんの元気にびっくり
三浦雄一郎さん、南米最高峰・アコンカグアへ登山許可