横浜(DeNA)ベイスターズ元監督の権藤博さん(80)の原点は1975年の米フロリダ州ブラデントンにあるという。
マイナーリーグの練習を見ていたら、外野フライを全然違う方向に追いかけていく選手がいた。
「彼はステューピッド(愚か者)なのか?」。現地のコーチに尋ねたら、「いや、あいつは新人だから仕方ない。そのために我々がいるんだ。1年後も同じことをしていたら、愚か者になるがね」という答えが返ってきた。
日本に比べてプロのすそ野がかなり広いとはいえ、驚いたという。「人に教えるというのは、こういうことなのか。自分の常識で判断してはいけないんだと思った」
中日のコーチになって間もないころだった。現役時代は「権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤」という流行語が生まれるほど投げ続けた大エース。入団1、2年目だけで計65勝したが、その後は右肩痛で苦しんだ。
30歳代でスタートした指導者人生では、長く確かな実績を積み上げる。中日、近鉄などのコーチとして多くの投手を育て、教え子の吉井理人らが海を渡った。横浜の監督に就任すると、98年にチームを日本一に導いた。
そんな実績が評価され、今年の野球殿堂入りが発表された。「大切なのは気づき。人がやらなかったことに興味を持ち、ハッとする瞬間を目指して頑張ってきました」。受賞のあいさつで語った。
パワハラや暴力が問題になっているスポーツ界。すべての指導者、選手に、権藤さんの言葉をかみしめて欲しい。日本球界は25日に選抜高校野球大会の出場校が決まり、プロ野球のキャンプインも目前だ。名伯楽の殿堂入りを、自分自身の指導法、姿勢を再確認する機会にして欲しい。
担当記者として取材する機会はなかったが、2003年にフロリダのキャンプ地で一緒になったことがある。64歳の権藤さんは一人でレンタカーを運転して各地を回っていた。「すごいですね」と言うと「当たり前のことでしょ」と怒られた。滞在型ホテルでカレーを作り、報道陣に振る舞ってくれた日もある。
国内の記者席でノートパソコンと格闘する姿もよく見かけた。「ここが動かないんだよね」と言いながら、どこか楽しそうに操作していた。
行動力と好奇心から、ハッとする瞬間は生まれる。(安藤嘉浩)