服などに付いたしつこい汚れに悩む人が駆け込むシミ抜きの一大流派がある。高知市に本山がある「不入流(いらずりゅう)」。門下生は全国に約3千人。創始者が全国各地で技術を収集し、1200種類を超える独自の技法に磨き上げた。
「仕事始めに」と気合を入れて、初売りセールで茶色のセーターを買った。だが、気づくと胸元にペンの青インクがぺったり。「これも新聞記者の宿命か」と慰めたが、やはり悔しい。
そこで高知市の繁華街から5キロほど離れたシミ抜き店に駆け込んだ。不入流を創設した高橋勤さん(69)の道場だ。
「強い薬品を使わなくても汚れは落とせます」。高橋さんは素材を確かめ、アルコールと界面活性剤を含んだ薬品を吹きかけた。小さな筆で、過酸化水素、尿素、重曹などが入った薬品をなでつけてプレスすると、インクが消えた。
道場では、乳酸や塩酸を使って着物についた20年前の汚れを落とす実演もあった。「酸化黄変の初期化です」。難しげなことを言いながら、高橋さんは淡々と作業を進めていく。
不入流はクリーニング業者らの駆け込み寺にもなっている。大手クリーニング会社の依頼で講習会を開き、洗剤の有毒性や薬剤の正しい扱い方を教えている。
現在依頼されるシミの多くは50種類ほどの技術で落とせるという。全国から収集した1260種類からえりすぐった技法だ。
高知県津野町出身の高橋さんは高校卒業後、川崎市の紋章上絵師に弟子入りした。着物に家紋を描く仕事のほか、シミ抜き作業を任された。1974年に横浜で独立したが、おもしろさを覚えたシミ抜きに仕事を絞っていった。
上達しようと全国を回った。和装業者を訪ね、クリーニング講習会に参加して最新の技術や民間に伝えられていた技も学んだ。生活スタイルの変化から和装業者が減り、「技術が伝承されずに廃れていく」という危機感があった。
集めた技術には、つぼの中に米を入れて発酵させ、酒と酢の中間の液体に着物を入れて汚れを落とす「つぼ抜き」や、スイバ、バラの根やゴボウなど植物を使う手法もある。汚れを落とす成分の分析も進めた。
収集技術が900種類を超えた80年、流派を起こした。故郷の「不入山(いらずやま)」から「不入流」と名付けた。
講習会を通じて評判が広まり、弟子は増えた。多くはクリーニング店の経営者だ。「不入流の看板がほしい」と要望され、20年ほど前に師範制度を設けた。
高橋さんは頂点の「玉聖(ぎょくせい)」を名乗る。その下は「匠聖(しょうせい)」「師聖(しせい)」「師範」。「免許皆伝」は師範以上の約260人。師聖以上が全国の講習会などで門下生に技法を教えてきた。
「師範」の荒川幸一さん(54)は埼玉県志木市でクリーニング会社を経営する。親の店を継いだが、不景気にあえいでいた。2004年に入門。専門的な技術を身につけ、現在はミュージカルや歌手のコンサート衣装を手がける。ミュージカルは公演中に同じ衣装を着続けることもあり、汗やドーランの汚れが蓄積されている。「古い汚れもきれいに取れる不入流の技を重宝しています」と話す。
流派を起こして40年近くたった高橋さんの今のテーマは、特別な薬品を使わずに家庭にあるもので安全に汚れを落とすことだ。60歳で当主の座を譲った高橋さん。だが、探究心はまだまだ旺盛だ。「新しいシミをみるとわくわくする」(森岡みづほ)
■高橋さん直伝 家庭でできるシ…