米国との対立の影響も受けて中国で景気減速が深刻化するなか、全国人民代表大会(全人代)が5日、開幕した。習近平(シーチンピン)指導部は様々な対策を打ち出して、庶民の不安を払拭(ふっしょく)しようと躍起だ。しかし、消費低迷の直撃を受けた製造現場からは、先行きを見通せない嘆きが漏れる。
3千人集う中国全人代を徹底解説 注目は経済成長見直し
経済低迷、習氏の権威に陰り 「必死の礼賛」で守ろうと
中国でウール製品の縫製工場が最も集まる沿海部の浙江省桐郷市。春節(旧正月)休暇を控えた1月中旬、中堅の縫製工場を営む男性(51)は閑散とした工場で、「こんなに早く休みにしたのは初めてだ」とつぶやいた。例年なら書き入れ時だが、この冬は300人超いる従業員の休暇入りを半月前倒ししており、この日、工場にいたのは数人だった。
桐郷市で毎年生産されるウールのニットは6億着を超え、国内生産の7割を占める。男性も2014年の創業以来、業績は右肩上がりで、多い時には年約5千万元(約8億3千万円)を売り上げてきた。
ところが昨年8月、異変が起きた。ウール製品と並んで稼ぎ頭だった毛皮のコートの注文が入り始める時期なのに、数字が伸びない。最終的に例年の6割ほどにとどまったといい、男性は「長引く米国との通商紛争の影響で、消費者の多くが経済の先行きに不安を感じ、今は無駄遣いは控えようという空気が広がっている」と語る。
通商紛争の不安は株価にも表れた。18年は代表的株価指数・上海総合指数が通年で25%下落。高額品の買い控えが起き、自動車の新車販売台数は28年ぶりの前年割れとなった。
男性は「うちの毛皮のコートのような、必需品ではないちょっとした高級品は真っ先に買い控えられてしまう」と嘆く。今後も消費の冷え込みが続くと考え、春節休暇が明けた2月中旬、従業員100人に解雇を告げた。経営者仲間も先行きに不安を抱いており、経営規模の縮小や、より安価な労働力を求め、カンボジアやベトナムへの工場移転を考える話を耳にするという。
男性は「庶民が望んでいるのは、何よりも経済の安定、平穏な生活だ。通商紛争を早く終わらせ、今の異常な経済環境を一日も早く改善して、正常な空気に戻してほしい」と訴える。
党内にもくすぶる不満
順調な経済発展は、共産党政権にとって、一党独裁体制を正当化できる主要なよりどころだった。経済の陰りを受け、習指導部は庶民や民間企業の不安や不満をしずめるのに懸命だ。
李克強(リーコーチアン)首相は政府活動報告で、「人民大衆の獲得感、幸福感、安心感を高める」「社会の公平と正義を促し、暮らしをさらによくする」などと語り、庶民が豊かさや公正さを実感できるような対策を並べた。
今年の重点政策の冒頭で、製造業や中小企業を中心に大規模減税を実施すると述べたのはその象徴だ。
李氏はほかにも、民間企業から不満が多い複雑な許認可手続きについて、ネット申請を活用するなどして簡素化・短縮化すると約束。許認可権を握る当局の嫌がらせに対し、中小企業や個人が募らせてきた不満を踏まえつつ、「裁量権を乱用する法執行は決して許さない」とした。
工場などへの環境汚染対策は継続して力を入れるとしつつも、「合理的な言い分をきちんと受け止め、単純で乱暴な対応やいきなり閉鎖するようなやり方は避ける」と負担増に苦しむ企業側への配慮も見せた。
社会的弱者への配慮も強調した。工場の移転などで働き口を失った出稼ぎ農民や再就職先が見つからない退役軍人の受け皿として、高等職業学校の募集定員を100万人増やすと宣言。保障水準の低さに不満が絶えない医療分野では、がん患者の増加を受けて予防や早期発見・治療に力を入れるとともに、高血圧や糖尿病の治療薬の保険適用枠を広げるとした。また、国内で不正ワクチンが流通していた問題を受け、医薬品やワクチンの管理強化をうたい、「人民大衆の生命と健康の防衛線を断固として守る」と訴えた。
一方で、大きな問題となりつつある少子高齢化の対策にも言及した。「二人っ子」政策実施後も伸び悩む出生数を受け、乳幼児の保育・託児サービスを充実させるとした。お年寄りが地域で介護や生活援助を受けられるよう福祉サービスを支援する方針も示した。
習氏は17年の党大会を経て、「共産党の核心」としての地位を確立し、権威を高めてきた。しかし、この1年は米中対立の影響で経済や外交が不安定化し、党内には不満もくすぶる。習氏の指示や命令が徹底されないといった現象も指摘されるようになっている。
政府活動報告はこうした党内の空気を念頭に、「職責を果たさない全ての者の責任を断固として追及する」と警告。「社会の大局の安定」の重要性を強調しつつ、改めて習氏の下で団結し、今年の建国70周年を祝おうと呼びかけた。
報告を聞き終えた代表の大半は「習氏と党の政策に従えば、困難を克服できる」(遼寧省代表)などと評価した。ただ、習指導部の課題について「言いづらいな」(貴州省代表)と口をにごす人もいた。(浙江省桐郷=宮嶋加菜子、北京=延与光貞、平井良和)
景気対策、効果に疑問も
減速する国内経済を受け、李氏が政府活動報告で打ち出したのは、企業向け減税と社会保険料負担の削減(年間2兆元弱=約33兆円弱)に、インフラ投資の拡大などを組み合わせた総合的な対策だった。
安徽省を代表して全人代に参加した趙皖平・同省農業科学院副院長は李氏の報告を聞き、「政府は経済問題から逃げなかった。税金の高さに対する庶民の批判は強かったが、首相は解決してくれると言ってくれた」と歓迎した。
一方で、景気を押し上げる効果には、疑問を挟む見方もある。中国の著名エコノミスト宋清輝氏は「現在の経済に対する圧力に基本的には対処できるが、強さが足りない」とみる。
政府は減税などによる財政赤字の対国内総生産(GDP)比の想定を、昨年比0・2ポイント増の2・8%に引き上げた。ただ、17年の3・0%には及ばない。財源の不足分をまかなうために、支出の削減にも取り組む方針だ。
こうした経済対策に、中国の代表的な株価指数・上海総合指数の終値はこの日、3054・25と前日終値から0・88%とわずかな上昇にとどまった。香港の外資系エコノミストは「期待したほど財政出動が多くなく、市場はネガティブにとった」と解説する。
今回の全人代で、経済対策とともに焦点になっていたのが、米中通商紛争解決のためのカードとみられる外商投資法案だ。行政が外資の技術移転を強制するのを禁じる内容で、米国に対する中国側の譲歩の一環とみられている。
中国に進出する米国企業などでつくる在中国米国商工会議所の幹部は、法案を「肯定的に見ている」と一定の評価をしつつ、「どのような詳細が示されるか関心がある」と法律の内容を見守る考えを示した。(北京=高田正幸、福田直之)
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全人代で李克強(リーコーチアン)首相が述べた政府活動報告の要旨は次の通り。
【2018年の回顧】
・国内総生産(GDP)が6・6%伸び、規模が90兆元を突破した
・農村貧困人口が1386万人減少した
・反腐敗闘争は圧倒的勝利を収めた
【2019年の政策】
・GDP成長率の目標は6~6・5%とする
・農村貧困人口を1千万人以上減少させる
・税率を製造業などで3%、交通運輸や建設業などで1%引き下げる
・地方特別債を8千億元増やし、重点計画の建設を支える
・1千億元を拠出し、延べ1500万人以上の労働者の再就職訓練などに使う
・在来産業の改造・高度化を促し「製造強国」の建設を加速する
・各分野で「インターネット+」を推進し、通信速度の引き上げと料金引き下げを進める
・60歳以上の人口は2億5千万人に達する。高齢者福祉の発展に力を入れる
・「二人っ子」政策に対応し乳幼児の保育サービスを発展させる
・企業の環境保護を法令で監督管理する一方、いきなり閉鎖させるなどの対応は避ける
・国有企業改革を加速する
・「一帯一路」共同建設を促す
・自由貿易を断固として擁護し、世界貿易機関(WTO)の改革に積極的に参与する
・習近平同志を核心とする党中央と高度の一致を保つ
・憲法・法律を厳格に守り、政府活動を全面的に法治の軌道に乗せる
・国務院と各部門は無駄な会議をなくし、文書を3分の1以上削減する
・宗教の中国化の方向を堅持し、法に基づいて宗教関連業務を管理する
・改革による軍隊強化を推進する
・一国二制度を貫徹する
・祖国の平和的統一のプロセスを進める。「台湾独立」の画策や行動に断固として反対する