「宮田さん、おめでとう」。松橋(まつばせ)事件で殺人罪に問われ、約10年間服役した宮田浩喜さん(85)に、熊本地裁は無罪を言い渡した。逮捕から34年。支援者からは喜びの声が上がる一方で、司法当局への怒りの声も聞かれた。
松橋事件、殺人罪に無罪判決 熊本地裁「犯罪証明ない」
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午前10時過ぎ。熊本地裁の門前で待つ支援者の元にいち早く無罪判決が伝えられた。支援者たちは「宮田浩喜さん 再審無罪、おめでとう!」と書いた横断幕を掲げた。
その後、法廷から出てきた弁護団が満面の笑みで「再審無罪」「35年目の正義」と書いた紙を広げると、「やりました」「宮田さんおめでとう」との声が支援者から上がった。
刑期を終えた宮田さんと長年の付き合いがある熊本市のマンション管理人、藤好あけみさん(62)は、判決を見届けたいと、生まれて初めて裁判所へ足を運んだ。取材に「うれしい。それしかない」。熊本市内の喫茶店で客同士として知りあった。「穏やかで、余計なことは話さない人」という印象だった。事件についても聞かされず、長らく知らなかったという。「もう少し早く教えてくれたら、何かできたかもしれない」。知り合ってから、宮田さんの衰えは進み、歩けなくなる様子も見てきた。「時間がかかってしまった。本人も無念だろうし、私も無念です」
この日の法廷では、判決の宣告は約10分で終了した。裁判所の誤判への言及や謝罪はなかった。
廷内で緊張した面持ちでメモを取っていた三角恒弁護士(65)は、閉廷を告げる声を聞き、ようやく笑みを浮かべた。閉廷後、「当然ではあるが、こういう形になって良かった」と語った。
弁護団は午前11時から熊本市内で会見を開いた。
武村二三夫弁護士は「宮田さんの年齢や健康状態を考慮し、速やかに再審公判手続きを進めた熊本地裁の判断を高く評価する」と強調。「誤った自白による冤罪(えんざい)を防止するため、代用監獄の廃止と取り調べ全過程の可視化、検察官の上訴権の制限をはじめとした再審制度改革の実現をめざし、我々は全力を尽くす」と訴えた。
斉藤誠弁護士は「34年間の努力が実った。感無量であり、やっと重たい荷物を下ろしたという気持ち」と喜んだ。「平成元年に最高裁に上告趣意書を提出した。平成が終わろうとする本日、無罪となった。これだけ時間がかかるとは。再審というのは重たい、努力しないと結果が出ないと痛感している」と話した。
「なぜ冤罪繰り返す」
熊本地裁には全国各地から支援者が駆けつけた。その中には同じように冤罪(えんざい)に苦しみ、再審無罪を勝ち取った人たちがいた。
1967年に茨城県で起きた「布川事件」で強盗殺人罪に問われ、一度は無期懲役が確定した桜井昌司さん(72)は「治安のために人権を脅かすことが許されていいのか。松橋事件も本来は検察が再審請求すべきもので、それをせずに平然と正義をうたう今の捜査機関の感覚を疑う」と怒りを込めた。
桜井さんは2011年に再審で無罪となり、今では全国各地を回り、冤罪を訴える人たちへの支援を続けている。
「同じような仕組みでなぜ、冤罪が繰り返されるのか。そのうえ捜査機関は誰も責任をとらない。取り調べを弁護士立ち会いでするなど、可視化が必要だ」と話す。
同じく再審無罪を16年に勝ち取った青木恵子さん(55)も姿を見せた。大阪市東住吉区で95年に女児(当時11)が焼死した火災をめぐり、当時の同居人とともに殺人罪などで無期懲役が確定。再審では、取調官による自白の強要が認められるなどし、調書類の信用性が否定された。
青木さんは「大阪から駆けつけた。この場で喜びを共にできて良かった。宮田さんにはこれから心穏やかな人生を送っていただきたい」と喜んだ。