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戦後「初掲揚」の日の丸、平和の丘に里帰りへ

作者:佚名  来源:本站原创   更新:2019-5-17 15:23:57  点击:  切换到繁體中文

 

平和になった昭和の証しとして伊都文化会館(福岡県糸島市)に保存展示されている「戦後復活第1号」の日の丸が、ゆかりの地の平和台陸上競技場(福岡市)へ里帰りする。18日に開かれるスポーツフェスタで1日限定で公開され、この旗が見守る中、市民ら3千人でラグビーのスクラムを組む世界記録に挑む。


ラグビーワールドカップ2019


福岡青年会議所の森伸明さん(40)らが、今秋に日本で開かれるラグビーワールドカップを盛り上げる一環として企画した。


縦約2・5メートル、横約3・5メートルある大きな日の丸は、1948(昭和23)年の第3回福岡国体の主会場となった平和台陸上競技場に掲げられたという。当時は連合国軍最高司令部(GHQ)の占領下、国体開催に尽力し、平和台の名付け親でもある岡部平太氏らがマッカーサー最高司令官に「式場に日の丸を掲げたい」と訴えた。大会直前にようやく許可が下り、戦後初めてGHQ公認で掲揚されたという。急ごしらえの旗は、帆布3枚を縫い合わせ、赤い丸は手で描かれた。70年以上経ち、染みも目立つ。


戦後間がなく、日の丸には反発も強く残る時期で、「戦場に駆り出した象徴を掲揚するなら、国体をボイコットする」という声が出たという。それでも、「荒廃した時代でした。だから、あの日の丸が多くの人の心の支えになった」。当時の国体式典担当だった楢崎正雄氏は、この旗が永久保存されることになった30年前、朝日新聞の取材に答えている。


福岡出身の岡部氏はボストン・マラソンの監督を務めて田中茂樹氏を日本選手初の優勝に導いたり、日本のアメリカンフットボールの先駆者だったり、多彩なスポーツで活躍したことで知られる。「平和の丘に」という思いを込め、名付けた平和台は、陸上競技場が福岡国際マラソンの舞台となり、かつて隣にあった野球場はプロ野球西鉄などの本拠で、福岡のスポーツの聖地として親しまれてきた。


岡部氏の功績を知った森さんが「平和への願いも込め、それにふさわしい場所でスクラムを組めれば」と当日あるイベントの一つとして世界記録挑戦を思い立った。昨秋に愛知県豊田市でつくられた2586人で組んだスクラムの「ギネス世界記録」更新を目指すという。先着順で小学生以上なら誰でも参加でき、18日午前9時半ごろから現地で整理券を配布、午後2時ごろから、競技場に入り挑戦が始まる。(森田博志)



 

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