日本が舞台となるラグビーワールドカップ(W杯)の開幕(9月20日)まで150日を切った。前回大会でヘッドコーチとして日本に3勝をもたらし、現在はイングランドを率いるエディ・ジョーンズ氏(59)は欧州勢が争う6カ国対抗を2位で終えた。その総括から始まった話は、世代論、リーダーシップ、あるべき指導者の姿へと広がった。
ラグビーワールドカップ2019
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W杯本番に向け、我々が貴重な教訓を得た話から始めよう。
イングランドは3月、6カ国対抗の最終戦でスコットランドと対戦した。前半途中まで31―0と圧勝ペースだったのに、後半は相手に盛り返され、一時は31―38と逆転負けする窮地に陥った。ただ、そこから気持ちを奮い立たせて、引き分けに持ち込んだ。
トップレベルでこんなことが起こるのかと、不思議に思う読者の皆さんがいるかもしれない。私にも明快な説明は難しい。ただ、推測を踏まえて言うなら、スコットランド戦が始まる前、すでにウェールズが全勝優勝を決めていた。優勝の可能性がなくなっていた選手たちは、純粋に試合を楽しもうという気持ちで臨めた。過度な緊張もなく、素晴らしい攻撃でトライを奪い続けた。そこに心の隙が生まれ、相手につけ込まれたのだと思う。
このように試合の流れが激変する事象はラグビーに限らず、サッカーなど他競技でもある。特に昨今、その振れ幅は大きくなっている印象がある。安易に若者論で片付けていいかはわからないが、自分の現役時代と、今の選手の世代との気質の違いを感じる。きついことを長時間、集中力を保ち続けて遂行することが苦手なのかな、と。
そして、一度流れを失うと取り返せない。それは指導では簡単に修正できない。自ら経験して学ぶしかない。チームとしての成熟が不可欠だ。
我々の主将であるSOのオーウェン・ファレルは立派な存在感を発揮しているが、まだ27歳で主将としての経験は浅い。
経験がないときは責任を背負い込みがちだけれど、主将のせいで負ける試合などはない。スコットランド戦では彼のエラーもあったが、主将に求められる資質として大切なのは、自身のプレーの好不調がリーダーシップに影響を及ぼさない、ということだ。
そして周りの仲間が支えるべきだ。チームリーダーは1人である必要はないんだ。それはスポーツに限らず、会社など、どのような組織でも同じはずだ。
そのためにはコミュニケーションが不可欠だ。現代社会では、誰もがスマホをいじる時間が長い。必然的に、仲間とじっくり座って意思疎通を図る時間が減っている。
今の時代、30歳の選手にとって、20歳の選手の気質、思考を理解するのは難しいのではないか。逆に59歳の私は20代の娘と接しているから、少しは感覚が理解できる気でいる。
私はサントリーを率いていたとき、食堂内で携帯電話を使うのを禁止した。イングランド代表ではそこまで厳格にはしていないが、食事中の活発な会話を促している。試合中に携帯での会話やメールで連絡を取ることはできないから、ふだんから相互理解が深まれば、試合中の意思伝達にも必ずプラスになる。
最近、私は週末を利用して、サッカーの強豪アヤックス(オランダ)を訪ねた。今季、若手の活躍で欧州チャンピオンズリーグでレアル・マドリード(スペイン)、ユベントス(イタリア)を破り、4強に勝ち上がっているチームだ。若手の育成に優れているから、メディアの知人を通して頼んだ。下部組織の責任者から話を聞いた。
印象的だったのは、チーム練習より個々への指導に重きを置いていたこと。もしくは少人数のグループごとの指導だ。選手たちは重圧がかかる状況に陥ると、得てしてチーム全体の統率は乱れ、少人数で対処しがちだ。そうした状況を想定して、より緊密に意思疎通を図るよう促していた。
指導者は自身の過去の経験に寄りかかるだけでは、時代に取り残される。常に生徒の気持ちで新しい指導法を吸収し、好奇心を忘れないよう心がけている。(構成 稲垣康介)