大阪地検の証拠改ざん事件をきっかけに2016年に成立した刑事司法改革関連法が、6月1日に完全施行される。最後に実現するのは取り調べの録音・録画(可視化)だ。長年の試行を経て、捜査の軸足は容疑者の自白を得ることから客観証拠の収集に移ったが、義務化の対象はきわめて限定的だ。(阿部峻介、根津弥、編集委員・吉田伸八)
強引な調べ、任意段階で
「強引な取り調べは、任意段階の捜査に前倒しした感がある」。日本弁護士連合会刑事弁護センター副委員長の菅野亮(すげのあきら)弁護士は、新たな問題点を指摘する。
逮捕前の任意捜査は可視化の対象外だからだ。
今年3月、千葉地裁の裁判員裁判は、殺人罪に問われた男性被告(77)に傷害致死罪を適用する判決を出した。問題となったのは、任意同行された千葉県警成田署に夜通し21時間以上、留め置かれた際に作られた上申書だ。「仕事の依頼者の頭を鉄パイプで殴った」という内容で、殺人容疑で逮捕された。法廷では「肩を狙った」と殺意を否定。判決は「多大な苦痛を与えた任意捜査は許容される限度を逸脱しており、違法だ」と指摘し、上申書を証拠から排除した。
裁判員裁判の対象外の事件に至っては、任意段階も逮捕後も可視化されない。
「反省しろよって言ってんの」
ウェブデザイナーの男性(31)は昨年2月、神奈川県警の家宅捜索を受けた。男性のウェブを閲覧すると仮想通貨の「採掘」が自動で始まるプログラム「コインハイブ」を導入したことが、ウイルスを設置する「不正指令電磁的記録保管」罪にあたるとされた。
翌3月、港南署での任意の取り調べは約8時間に及んだ。不正の認識を否定し続けたが、終盤、上司とみられる警察官が現れた。
「法律に引っかかってんだよ」「おまえがどう思おうが関係ねえんだよ」「反省しろよって言ってんの」
結局、反省しているかのような調書が作られ、略式起訴された。納得しきれなかった男性は弁護士に相談し、正式な裁判を請求した。男性は自分の身を守ろうと、取り調べの内容を全て隠し録音していた。
今年3月、横浜地裁は男性を無罪とした。
可視化の対象を広げるよう求め…