中国の楼継偉・元財務相が朝日新聞のインタビューに応じた。1980年代から経済政策の中枢に座り、日米摩擦もつぶさに見てきた「市場経済改革派」の重鎮に、激化する一方の米中貿易摩擦はどう映っているのか。圧力を強める米国を鋭く非難した舌鋒(ぜっぽう)は、国家主導色を強める中国自身の産業政策にも向けられた。(聞き手・吉岡桂子、福田直之)
「米国には屈しない」
――米国から中国への圧力が増しています。貿易摩擦の行方をどうみますか。
「世界はいま、グローバリゼーションの大逆流のなかにあります。米国が仕掛けたもので、中米間の貿易摩擦として重点的に表れています。米国政府の目的は、中国を世界から切り離し、中国の勃興、とりわけ科学技術の勃興を抑え込むことです。しかし、無理でしょう。我々は長年にわたる改革開放で世界とつながっています。各国も中国市場から巨大な利益を得ているのですから、そう簡単ではありません」
「米国は極限の圧力をかければ屈すると勘違いしている。中国は日本とは違います。米国は(80年代から90年代にかけての)日本との貿易摩擦で圧力が奏功した経験から学んでいるのでしょうが、そうはいきません。当時の日本より中国は開放しており、外資系企業も多く進出している。世界全体もグローバル化し、利益の相互依存は深い。米国内ですら受け入れがたい企業がいるはずです。中国14億人市場は大きく、中国自身の貿易依存度も次第に下がっています。米国に対抗できるし、世界で孤立するとも思っていません。さらにいえば、この圧力は中国をさらに改革開放に向かわせ、経済を強くする。米国は圧力をかけても問題は解決しません」
レアアース輸出規制「大きな影響は与えられない」
――輸出拡大のために人民元を引き下げたり、大量に保有する米国債を売ったりして米国に対抗する可能性は?
「(中国の)経常黒字額は小さく、人民元を大幅に安くする必要はありません。ビジネス目的でなく、戦略的視点で投機売買すれば(保有者である中国も)損をします。責任ある国はすべきでない」
――中国政府は鉱物資源レアアースの輸出規制を検討していると伝えられています。中国が世界生産の7割を握り、米国で生産する電子製品や軍事装備品にも使われています。日中関係が悪化したときにも似た手法で牽制(けんせい)しましたが、日本では代替品の開発が進みました。
「レアアースについての政策の動向を知る立場にはありませんが、仮に(中国が輸出)規制しても、必要な国は一定期間の在庫を持っている。あまり大きな影響は与えられないはずです。ただ、輸出規制という手法は中国が『発明』したわけではない。米国が華為技術などに対して仕掛けたことです。法律を使って自国企業を脅かしていますが、クアルコムやグーグルは本当は中国と取引したいはずです。本当に規制を発動した場合は、中国にも多少の影響はありますが、結果的には代替品を開発する力を強めることになるでしょう」
「税金を使えば予測した結果になるのか」
――米国は産業政策「中国製造業2025」を問題視しています。中国政府も最近は口にしなくなりました。
「中国は、こうした産業政策を日本から学んだんですよ。しかし、日本企業は政府が奨励した分野とは異なる領域でこそ、世界一流の製品やサービスをうみだしていったように見えます。もちろん成功もあったでしょうが、日本政府の家電産業に対する政策は失敗だったと思います。数十年後の先端技術の発展なんて、政府ははっきり予測できるのでしょうか。税金を使えば予測した結果になるというのか。政府はあくまでも市場の補完役として企業が力を発揮しやすい環境をつくることが大事です」
――米国は、地方政府を含む中国政府の産業育成への補助金も問題視しています。
「政府から企業への補助は、米国を含めてどこの国もやっています。減税という形が一般的です。基礎研究や産学連携への支援などハイテク産業への支援も、各国が取り組んでいます。企業を誘致したい地方政府による土地の取得や税金に対する優遇も、米国だってやっています。米国へ進出した中国企業も恩恵を受けています。中国政府は対象がやや広いかもしれませんが、中国に限った政策ではありません」
中国経済のリスクは「高い負債率」
――日米摩擦の教訓をどうとらえていますか。
「私が経済改革の仕事に加わったのは80年代半ばです。『プラザ合意』で円高が進み、香港など華人系や欧米の企業に比べて中国への投資に慎重だった日本企業が動きだすきっかけになりました。中国の立場から言えば、これは(誘致の)好機だと。ただ、いま、中国企業が東南アジアへの投資を増やしているのは、中米摩擦や中国政府が推進しているというよりも、中国内の生産コストが高くなっている要因が大きい」
「日米摩擦の最大の教訓は、開放の重要性です。中国は多くの外資企業を受け入れました。資金や技術を得るためでもありますが、相互依存関係が重要だと考えてもいたからです。そして、国内改革の重要性を強く認識しました。日本の失われた十年、いや二十年とも言われますが、理由は米国ではありません。高すぎる負債率や不動産バブルなど日本の内部にこそあったはずです」
――中国もそうだと?
「日本の轍(てつ)を踏まないためにも、中国も内部の改革が重要です。中国経済の最大のリスクは負債率の高さだとみています。金融ではない企業から家計まで負債率が高すぎる。地方政府もです。私は財政相時代に地方債の発行を促しました。資金調達に市場の力を生かすことで、地方財政の透明性や健全性をあげようと考えたからです」
「中国には中国の民主制度がある」
――中国は経済成長し、中産階級も増えれば、政治体制も次第に民主化すると期待されてきました。米国からすれば裏切られたことへの失望が大きい。
「市場経済が多党政治体制の実現と結合しているとは根拠がありませんね。証明されていないでしょう。中国の改革開放が進めば西側と同様の多党政治制度になるというのは一種の期待であり、必然ではない。中国には中国独自の特色ある民主制度があり、米国には米国の民主制度がある。米国はなぜ経済学の原理に背いた摩擦を引き起こしているのか。背景に選挙民がいるからではないですか。これが、米国が言う民主制度です。合理的で正しく、理知的な方向でしょうか。中国には中国の民主制度があり、(楼氏が外事委員会主任を務める)全国政治協商会議も、その一部です。影響力のある専門家や企業家、社会の有識者の意見を聞き、経済や社会政策の方向性に影響力をもちます。習近平(シーチンピン)国家主席が言うように、政協も中国の特色ある政治体制のもと、特色ある民主制度の重要な部分です。米国の期待が消滅したと言われても、我々はなんとも言えませんね」
――今回の来日では黒田東彦・日本銀行総裁らと交流しました。日本から得るものは。
「日本銀行や政府、大学の方々とも率直な意見交換ができました。日本企業は数多く中国に進出しており、相対的に質もよく、コスト競争力があります。中国企業は世界トップ級のハイテク企業から技術や管理能力が低い企業までさまざまです。日本と比べると、全体的な技術、製品の質、管理など大きな差があります。社会的にも、中国の1人当たりGDPは1万ドルに迫るところまできましたが、中の上です。日本から吸収するものはまだまだあります」
楼継偉(ロウ・チー・ウェイ)氏
1950年生まれ。中国人民解放軍南シナ海艦隊4009部隊を経て、文化大革命後に中国社会科学院研究生院修了(経済システム分析)。80年代半ばから政府内で財政金融改革に携わり、上海市長だった朱鎔基元首相に抜擢(ばってき)されて上海市経済体制改革弁公室、国家経済体制改革委員会で要職を務める。貴州省副省長、ソブリンウエルスファンド・中国投資(CIC)の初代董事長などを歴任し、習近平政権で2013年から16年まで財務相。全国社会保障基金理事長を経て19年から現職。