【カイロ支局】イスラエル軍の空爆で50人以上の死者を出したレバノン南部の村カナ。歩き始めて間もない女児の耳には小さな金のイヤリングがあった。男児の首には青いおしゃぶりが下がっていた。がれきの下から次々に出てくる遺体を目の当たりにした救助作業の男性は木のそばに座り込むと「子供が多い」とつぶやき、涙を流した。
AP通信によると、イスラエル軍の爆撃は7月30日午前1時に突然起きた。同通信が現地の状況を伝えたところによると、Tシャツ姿で寝ていた子供たちの遺体は子供たちが使っていた布団にそのまま包まれた。米国の人形キャラクター「ラガディ・アン&アンディ」の絵柄の布団もあった。
イスラエルはイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラの拠点が攻撃目標だったと主張したが、被害を受けたのは二つの大家族。連日の激しい爆撃で村から逃げ出すこともできず、3階建ての家屋に身を寄せ合っていた。
少女のノーア・ハシェムさん(13)は同日午後、がれきの中からおじに助け出された。着弾の際、誰かの叫び声で目が覚めたが、真っ暗闇の中、泥と岩がまわりにあるのが分かるだけだった。人の気配もなく恐怖を味わったが、「自分で岩を押しのけ、空間ができたところで、誰かに引っ張り出された」という。兄弟姉妹のうち4人が死亡。母は生きていたが、父の行方は分からない。
カナでは96年にもイスラエル軍が国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の基地を攻撃し、基地に逃れていたレバノン人106人が死亡する「カナの虐殺」があった。ロイター通信によると、その際、夫と5人の子供を失ったバルハスさんは「米国に支援された敵は哀れみも人権も民主主義も知らない」とイスラエルを非難した。バルハスさんの話では今回の爆撃地点は96年にバルハスさんの家族らが埋葬された集団墓地からわずか数百メートルの場所だという。
毎日新聞 2006年8月1日