「悠」の字の上の部分は人の背中に水をかけて滌(あら)う形でみそぎをするという意味だという。白川静さんの「常用字解」(平凡社)の説明である。「みそぎによって身心が清められ、心がゆったりと落ち着くことを悠といい、『ゆるやか、のどやか』の意味となる」のだ▲せせこましくもあわただしい日々の暮らしの中では、あまりこの字を使う機会の少ない方も多かろう。だがこれからご成長の折々のニュースで、ゆるやかでのどやかな気分を少し分けていただくことができそうだ。秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまの名が「悠仁(ひさひと)」に決まった▲「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩む」というのがご夫妻の願いである。「ひさひと」という音に合う漢字を探し、天皇陛下や国語学者の意見もたずねたというが、なかでも最もスケールの大きなお名前になったのではないだろうか▲同時に皇族の方々が名前の代わりに身の回りの品につけるお印(しるし)も決まったが、こちらは「高野槇(こうやまき)」だった。「大きく、まっすぐ育ってほしい」とのご夫妻の気持ち通り、高野槇は大きなものでは高さ40メートル、幹の直径は1メートルにもなり、しかも樹形の端正な美しさで知られる日本特産の木だ▲ちなみに「高野」と名のつくのは高野山で霊木とされ、みごとな林が保存されてきたからだという。高野山を開いた弘法大師が愛した木としての伝承も各地に伝わっている。木のスケール、人々との歴史的かかわりの長さや深さにおいて、悠仁という名前にふさわしいお印となった▲新たに生を受けた赤ちゃんは、誰しも名前に込められる大人たちの願いや祈りによってこの世の正式メンバーとなる。官報に掲載され、皇統譜に登録される名もその点ばかりは何の変わりもなかろう。
毎日新聞 2006年9月13日