東京大学がこれまで難しかった医薬品などを原料から一貫して連続合成する技術を実現した。机の上にのるほど小型の設備で効率よく複雑な化合物を生産でき、生産コストを大幅に引き下げられる。研究が進めば液晶などの幅広い精密化学製品でも利用が広がりそう。医薬品製造で日本が世界をリードする可能性をもたらすとともに、海外勢におされて苦戦している日本の化学産業を復活させる切り札になるかもしれない。
■脳機能の改善薬、縦横1.5mの装置で生産
原料を送り込むとチューブを通りながら化学反応が進み、出口から出たときには医薬品になる物質ができあがっている。石油化学などでは可能な「連続合成」と呼ばれる製造法だが、医薬品をはじめ精密な化学合成が必要な製品の大半では実現していない。
机にのるほどの小型装置で簡単に医薬品が合成できる=小林修東京大学大学院教授提供
小林修東京大大学院教授らのグループはこの連続合成の手法で抗うつ剤や脳機能の改善薬などとして期待されている「ロリプラム」を作ることに成功、16日発行の英科学誌「ネイチャー」に成果を発表した。
実験では縦横1.5メートルほどのテーブルにのる装置を使い、1週間の連続運転で生産したロリプラムは10グラム。化学組成は同じでも右手と左手のように立体構造が違う光学異性体を作り分ける不斉合成も効率よく実現できる。「医薬品でも連続合成が可能なことを実証できた。将来は医薬品や精密化学製品でも広く連続合成が使われるようになるだろう」と小林教授は期待する。
現在の医薬品製造の主流になっている「バッジ法」と呼ばれる合成法は、何段階もある化学反応をひとつひとつ別の設備で行い、次の工程に送る。途中で次の工程に送る材料と不要な副産物を選別する作業も必要だ。一定量を生産するためには化学反応ごとに大きなタンクを使い、複雑な医薬品になると数十段階もの化学反応を経て生産される。それだけ巨大な設備が必要になるわけだ。
■生産調整が容易、製造コストも大幅に低減
しかし東大が実現した製造法ならば、カラムと呼ばれるチューブの中に原料を流しながら化学反応を起こす。大きなタンクが不要になるだけでなく、必要に応じた生産量の調整もしやすい。運転の自動化も容易で、合成段階が多くなるほど時間のロスも減る。またバッジ法では各段階ごとに生じている副産物の廃棄も少なくなり、環境への影響も抑えられる。複雑な化学合成が必要で価格も高くなりがちな抗がん剤などの医薬品では大きな製造コストの低減が期待できる。
連続合成実現のカギとなったのは医薬品を作り分けるのに欠かせない不斉合成の反応を進める固体触媒の開発と、化学反応のプロセスの見直しだ。触媒にはカルシウムを利用した。これまで不斉合成には金属の触媒を使うのが普通だったが、反応に必要な塩基性やルイス酸性といった性質があることに着目した。また手に入りやすく人体に害もない。触媒の寿命を示す回転数は5000以上で、産業利用の目安とされる1万に手が届く範囲だ。