春田久美子さん
高校生たちは、選挙について、一票についてどう考えているのでしょうか。18歳選挙権が導入される参院選を前に、福岡市の県立高校で先進的な授業がありました。その授業と、出席した600人に実施したアンケートをもとに考えました。(渡辺純子、北郷美由紀、諸永裕司)
アンケート「やりすぎ?足りない?部活動」
■救急車有料化めぐり模擬投票
救急車は有料化すべきか、無料のままか――。
福岡市にある県立福岡講倫館高校で3月中旬、1、2年生(当時)が選挙の模擬投票をしました。争点は、救急車の有料化。主権者教育の授業の一環で、福岡県弁護士会と県選挙管理委員会が協力する初めての試みでした。
授業では、救急車の利用状況について事前に調べてきた生徒たちが「賛成」「反対」の立場で発表し、これをもとに議論しました。
賛成派は「通報を受けてから救急車が現場に到着するまでの平均時間は2013年に8分で、03年の5分より遅くなっている。緊急でない通報を減らすことが重要」「心筋梗塞(こうそく)など心臓マッサージが必要な場合、1分でも早く到着すれば、助かる命を助けられる」と主張しました。
一方、反対派は「無料であれば、経済的な弱者でもためらわずに救急車を呼べる。命に関わることなのにお金の有無に左右されるのはおかしい」「頭痛で救急車を呼んだ人の8%がくも膜下出血だった、というデータがある。有料だと、頭が痛くてもちゅうちょして、死に至ることもある」と反論しました。
その後、生徒たちは思い思いに発言し、グループでも議論を重ね、以下のような意見が出ました。
【賛成】
●いたずらの通報を減らすことが大切。いたずらの抑止力になるから、一度は有料化してみるべきだ。
●有料化すれば財源が確保でき、救急救命士の人手不足を解消できる。
【反対】
●有料化されると民間企業が参入して、お金次第で助かったり助からなかったりすることになる。また、救助の質が低下するのではないか。
●憲法25条で生存権が認められているのに、罰金を科したり有料化したりするのはなじまない。
その後、2人の弁護士が候補者に扮して、救急車の有料化に賛成と反対の立場から演説しました。
賛成派の新谷(あらたに)つくる候補は「世界では有料化の流れがある」「有料化による収入はより高度な救急救命体制づくりに充てる。収入の低い人には減額するなどのケアをする」と訴えました。
一方、反対派の現状まもる候補は「国民が安全に生活できなくて、なんのための国家か」「有料化すれば、収入の管理や未払い分の取り立てなどで余計なお金がかかる」などと主張しました。
訴えを聞いた生徒は、実際の選挙と同じように投票しました。その結果、賛成の候補が171票、反対の候補が421票を獲得しました。
■若者なりの意見を表して 模擬投票に協力した弁護士・春田久美子さん
弁護士会と選管、学校が協力することで、模擬投票を主権者教育に有機的にからめることができました。600人を相手に双方向の授業をするのは限界もあったけど、生徒の77%が「選挙について興味や関心が高まった」と、アンケートに答えてくれました。「政治を身近に感じた」「自分の意見が反映されるのは楽しみ」などの記述もありました。正解が一つではない課題に取り組み、ああでもない、こうでもないと葛藤してくれたのなら、まさに狙った通り。一歩前進です。
一方で、実際の選挙で投票が楽しみだと答えた生徒は半分だけでした。政治について詳しくないのに、投票して大丈夫なのか……。若者らしいきまじめさなのかもしれませんが、政治の正解は一つじゃない。大人だって何が答えかなんて分からない。どうしたらより良い世の中になるか、若者としての意見を言えばいい。そのための18歳選挙権なんだよ、と言いたいですね。
「主権者教育」というと、身構えてしまう先生が多い。でも、何もTPP(環太平洋経済連携協定)とか集団的自衛権とか、生々しい政治課題を扱わなくてもいいんです。必要なのは、意見の異なる人と議論し、より良い解決策を一緒に探し出そうとする態度を養うこと。だれかが何かをしてくれるという発想はやめて、自分たちがどうにかしなきゃいけないと気づいてもらうことです。
今回は救急車の有料化でしたが、野良猫に餌をやることの是非、公園でダンスの練習を禁止することの是非など、身近な事柄について議論する授業をこれまでもやってきました。先生方は「生徒がこんなに自分の考えを発表できるとは思わなかった」と驚かれます。仕掛けさえ工夫すれば、子どもたちが考えたくなる授業ができる。身近なモチーフはいくらでも転がっています。(聞き手・渡辺純子)
■「楽しみ」半数 「気が重い」1割
授業に出席した生徒にアンケートし、595人が回答しました。「18歳になって投票することをどう思いますか?」と尋ねると、「とても楽しみ」「楽しみ」が、合わせてほぼ半数でした。
自由記述の理由をまとめると、最も多かったのが「政治に参加できる」(97人)、次いで「自分の意見が反映される」(82人)でした。その記述をみると――。
●意見を述べることが出来るというのはうれしいことだから
●自分の意見をしっかり一票にしたい
●今まで子供として扱われていた自分が大人の一部として政治に参加することができるから
●普段からニュースを聞いて疑問に思うことがあったため、少しでも自分の意見を政治に関わらせることができていいと思った
●自分の1票で日本が動く
●自分が投票することで世の中がどう変わるのか楽しみ
一方、18歳選挙権について「気が重い」「とても気が重い」と答えた1割の生徒の意見からも、手にした1票に真剣に向き合おうという姿勢がうかがえました。気を重くさせる原因は、「自信のなさ」(25人)、「責任の重さ」(24人)、さらには「不安」(21人)があるようです。
●一票で私たちにどのような影響があるのか怖い
●自分の意見で社会が変わっていくのは不安であるから
●成人にもなっていない子供が国のあり方を決めるなんて恐れ多い
また、「楽しみ」「気が重い」の「どちらでもない」と答えた生徒が4割いました。18歳と19歳が投票しても世の中は変わらない、というあきらめの声(14人)もありました。
●投票できる、ということはうれしく思うが、その結果に自分の意見が反映されるとは思えず、政治に希望が持てないから
●1票で変わるわけではない
このほか、次のような意見もありました。
●「今回(の「救急車の有料化」をめぐる模擬選挙)は2択だったが、本物の選挙ではたくさんの党がある」
●(投票をめぐって)悩むことになると思うが、その悩みが自分の意見を生み、高められる
●「政治をしりたいから大人になりたい」
■「すべては政治につながる」と教えて NPO法人「ユースクリエイト」代表・原田謙介さん
若者と政治をつなぐ活動をしています。アンケートで投票が楽しみだとした人が半数いて、よかったです。記者からは「一票の価値が強調されすぎると、変化が起きなかった時に政治離れを起こさないか」との質問を受けました。そうならないためにも、投票する前に民主主義の仕組みを学ぶ必要があります。
民主主義では、一人ひとりが主役です。自分の意見が通らないこともある。多くの意見を調整するので、決めるには時間もかかります。
投票は、自分の意見を示すことです。自分と同じ意見の人が多ければ、政治を動かす原動力となる。政治の側からすると、有権者が何を考えているかを知る機会なのです。
政治に関心をもち、政治に働きかけていくことが、自分たちの生活や将来をよい方向に向かわせる。この自覚を持てるかどうかが、主権者教育の成否を分けます。身の回りや地域の課題を題材にしながら、すべては政治につながっているということを教えてほしいです。
社会人になると、自分を優先して視野が狭くなりがちです。18歳選挙権で、社会全体に広げて考える素地をもつ人が増えることを期待しています。そうすれば、政治は必ず変えられます。(聞き手・北郷美由紀)
■ない知恵を絞りたいと思います
高校3年男子を含め、小学生から大学生まで4人の子どもがいます。そのせいかどうか、中学や高校での主権者教育を取材する機会がよくあります。現場を回って感じるのは、先生たちの戸惑い。何かしなきゃと思っても、「政治的中立」や「公選法違反」を気にして、二の足を踏む方が少なくありません。
でもこの日のように、身近な課題を議論することで、足元の「政治」が見えてくることもあると思います。たぶん大事なのは、異なる意見を聞いて自分の頭で判断する経験を積むこと。その延長線上に選挙もある、と感じられればよいのではないでしょうか。
18歳が初めて1票を投じる参院選はもうすぐ。若者に「政治」をいかに分かりやすく伝えるか。メディアの一員として、一人の親として、ない知恵を絞りたいと思います。(渡辺純子)
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