吉野山の桜を描く衣笠泰介さん(右)。一気に描き進めていく=京都市中京区のギャラリー「ミラクル」、戸村登撮影
はじけるような色彩とダイナミックな構図で人気を集める画家がいる。京都市中京区の衣笠泰介さん(26)。自閉症のため、ほぼ会話はできないが、大手アパレルメーカーの商品に絵柄が採用されたり、全国から作品展開催の要望が寄せられたりして、作品を通じて様々な人たちとつながり始めている。
静かなアトリエに、絵筆を走らせる音が響く。衣笠さんが絵の具を選ぶと、助手を務める母親の珠美さん(55)が、乾燥剤を練り込み、絵筆につけて手渡す。創作は5時間以上続くこともある。
衣笠さんは、生まれつき話さない子どもで、小学校入学前にみてもらった児童精神科医に、自閉症と診断された。しかし精神科医は「この子の視覚能力はすごい。人よりも何倍も楽しい人生を送れますよ」と付け加えた。言語力や理解力などを調べる自閉症専門の検査で、視覚の能力だけが突出していたという。
社会性を身につけさせたいとの両親の願いで、京都市内の市立小学校の普通学級に進学。その直後から、絵に没頭した。最初から、物の形を正確に捉え、遠近法も取り入れて描き、周りを驚かせた。絵はコミュニケーションの手段になり、日常の出来事を、絵日記で教師に伝えた。
両親も衣笠さんの創作を支えた。幼少時には自宅の壁や床に自由に絵を描くことを許した。五感の刺激になればと、カンボジア・アンコールワットの遺跡や、インドネシア・バリ島の自然、東欧の美しい町並みに連れて行った。
転機が訪れたのは2008年。作品を常設展示するギャラリー「ミラクル」を自宅に開設した。そこで衣笠さんの作品を知った京都市の女性画廊主が、ハンガリー・ブダペストでのグループ展に誘ってくれた。彼女をきっかけに知り合ったアーティストとの交流で、14年には米国・ニューヨークで個展を開いた。
国内でも、今年だけで北海道や東京都、兵庫県や沖縄県など各地で計11回の個展が計画され、相次いで開催されている。
14年からは、企業からも声がかかり始めた。オンワード樫山(東京都中央区)は、今春、婦人服ブランドの絵柄に衣笠さんの作品を採用。和装小物メーカーの「和小物さくら」(京都市中京区)は、着物やバッグ、草履に採り入れ、今年のニューヨークコレクションで着物姿のモデルにバッグを持たせた。
同社の林克己専務(49)は「彼の絵を見て衝撃を受けたと同時に、幸せな気持ちになった。世界各地で紹介したい」と意気込む。
国内外で受け入れられ始めた衣笠さんの絵について、二人三脚で支えてきた珠美さんはこう話す。
「どこの国に行っても、絵が言葉の役割を果たしてくれる。話せなくても作品の力で、発表の場が広がっていくのはうれしい」(戸村登)