慣れた手つきでボールを縫う=埼玉県鴻巣市 高校野球が本格化する季節がやってきた。甲子園出場を目指し、グラウンドで汗を流す球児らが感謝の気持ちを込めて使うボールがある。糸が切れていたり、革が破れていたりする硬式球を障害者の人らが直して再利用する「エコボール」。障害者の就労支援にもつながり、この取り組みが全国に広がっている。 動画もニュースも「バーチャル高校野球」 東京都北区の私立桜丘中学・高校のグラウンド。練習の最後に、ボールをきれいに並べる野球部員の姿があった。縦10列、横10列で計100球。すべてのボールがそろったところで、この日の練習が終わった。 「道具のありがたみを知ってもらいたくて」 そう話すのは、野球部の中野優監督(26)だ。1人1台タブレット型端末iPadが配布される中高一貫校で、公立校に比べると予算にも恵まれている。新しいデザインのスパイクが出ると、まだ使えるのに、すぐに買い替える部員も少なくない。「どうしたら物を大事にするだろうか」。そこで、思いついたのがエコボールだった。 今年1月からエコボール50球を使い始めたことをきっかけに、ボールの管理を始めた。以前は練習中になくなっても放っておいたボールをすべて探すのに数十分かかることもある。2年の林知宙(りんちひろ)君(16)は「1球の大切さがわかった。今までは穴があいたら格好悪くて買い替えていたユニホームも、布をあてて長く使っている。物を大事にしようと思えるようになった」。 エコボールは京都府宇治市のNPO法人「就労ネットうじ みっくすはあつ」が2009年9月に始めた。施設に知り合いがいたプロ野球横浜(現DeNA)の元投手、大門和彦さん(51)のアイデアがきっかけだった。大門さんのつてを使い、東宇治高校野球部から借りた硬式球を、専用の赤い糸でほつれた部分を縫い直す。硬いボールの革に針を通すのが難しく、最初は1球を直すのに1日がかりだったという。 約1カ月かけて20球を返すと、思わぬ反応が返ってきた。みっくすはあつの管理者小畑治さん(47)は「障害者がボールを修理する姿を見て、今までは道具を雑に扱っていた部員たちの態度が変わったと、当時の監督に感謝された。エコボールで人間力も育てることができると感じた」。 補修費用は、専門業者に依頼すれば1球200円以上かかるが、エコボールは1球50円。使い方によってそれぞれだが、直すことでボールの寿命は約3倍に延びるという。予算が限られている公立校を中心に広まり、今では153の高校や大学、クラブチームが利用する。甲子園常連校の八戸学院光星高(青森)や、聖光学院高(福島)なども利用している。 みっくすはあつでは、約10人が1日1~3時間をエコボールに費やす。作業は分担制で、ボールを磨く係、ほつれた部分を切る係、糸で縫う係などがいる。障害の程度や向き不向きで、どの工程を担当するかを決めており、自分の担当分の作業をこなす。工賃は時給169円。他の作業所にも紹介し、15道府県18事業所で行われている。昨年は全事業所で計1万8451球を修繕した。 埼玉県鴻巣市の障害福祉サービス事業所「夢工房翔裕園」は、13年2月からエコボールを始めた。全国選抜高校野球で優勝経験がある浦和学院高校も、利用する学校の一つ。年3回、約200球を依頼しており、ティーバッティングやマシン打撃用のボールとして再利用している。 夢工房では、多い時で年間5千球ほど手がける。エコボール以外にも、NPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーションの支援のもと、プロ野球中日の吉見一起投手(31)と協力し、全国から使えなくなったボールを集めて再生し、全国の少年野球チームに寄付する「アゲインボールプロジェクト」を発足させた。施設長の百合川祐司さん(44)は言う。「施設で行う他の生産活動などに比べて、地域社会と関わる機会も増え、利用者にとっても良い。いずれはプロ野球界に広がってくれれば、うれしい」(野田枝里子) |
感謝の思い、全国の球児に 障害者が修繕「エコボール」
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