練習試合で対戦した愛知工の鈴木雄斗君(右)と愛知総合工の慎二君=愛知県南知多町内海
曇り空がグラウンドを覆った今月12日。知多半島の高校であった練習試合で、統合する側とされる側に分かれた兄弟が、高校で初めて対峙(たいじ)した。
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八回表。この回から遊撃の守備についた愛知総合工の鈴木慎二君(1年)の前に、兄で愛知工の雄斗君(3年)の打球が転がった。平凡なゴロ。だが、弟は球をはじいた。二塁へ進塁した雄斗君は、守備位置の弟に声をかけた。「ちゃんと捕れよ」
慎二君はその言葉を無視した。照れくさかった。
愛知総合工は4月開校の新設校で、慎二君ら野球部員24人は全員1年だ。一方、同校に統合される愛知工は募集をやめており、今春の新入生はゼロだった。
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「とにかく1勝を」。雄斗君ら愛知工の3年はこの夏にかけている。秋は公式戦で勝てず、春の県大会予選では至学館に1―47と大敗した。
選手16人のうち3年が9人。秋からは2年だけの7人になる。他校と連合チームを組むか、他部から「助っ人」をもらわなければ試合に出られない。「愛知工の名で、全員が野球部員で臨めるのは今年が最後だ」。勝利への思いは例年になく強い。
入学した頃、雄斗君は練習についていくのが精いっぱいだった。「やめたい」と思ったこともあった。刺激となったのは弟からの問いかけだ。「高校野球どう?」「愛知工の雰囲気は」
「厳しいぞ」。そう答えながら、もがく自分と向き合った。「やるからには一生懸命やろう」。そこから黙々と練習に励み、チームの主力打者に成長した。
一方、愛知総合工にとって、今夏の愛知大会は初の公式戦。1年だけのチームで初勝利を目指す。慎二君は兄の背中を追い、愛知工への進学を希望していた。再編で募集はなくなり、愛知総合工を選んだ。
チーム内の仲はいいが、「厳しく指摘し合えないことが短所」とも感じる。学校にも野球部にも歴史がない。「兄から愛知工の伝統を聞き、引き継ぎたい。高校野球のグラウンドに、一度でいいから一緒に立ちたい」と願っていた。
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九回表。雄斗君が二盗に失敗。9―8で試合は終了した。二塁の後ろで、雄斗君がタッチアウトされる姿を見ていた慎二君の顔は笑っていた。対外試合で初勝利。それと同じくらい、兄と試合ができたことが「うれしかった」と話す。
「上級生の力を見せてやる」と臨んだ雄斗君にとっては予想外の敗戦だった。「少しなめていたかも知れない。夏は挑戦者になる」。悔しがりながらも、弟を見つめる口元には白い歯がこぼれていた。(関謙次)