画像1 アップルが公開した日本企業との関係を示すリポート。日本で生み出す雇用数をはじめとした情報と、関連企業名の一部が報告された。日本向けの正式公開は今回が初めて 8月2日、アップルは、同社が日本国内で生み出す雇用創出の状況や、iPhoneを中心としたアップル製品の製造に関し、日本で関わる企業のリストとその詳細など、「アップルと日本経済の関係」についてのリポートを公表しました。同様のリポートはアメリカなどでも公開されていますが、日本向けはこれが初めてです。 今回、そのリポートの中に出てきた二つの企業を詳細に取材することができました。iPhoneのように、世界中で販売される製品に使われる部材を作るとはどういうことなのか、彼らのコメントから探ってみましょう。(ライター・西田宗千佳) ■アップルが「日本企業との関わり」を公表 アップルが公開したリポートでは、アップルが日本企業に対してどれだけの額を支払い、どれだけの部材を日本企業に依存しているのかが見えてきます。同社によれば、同社が日本で創出・支援した雇用は71万5000件。これは、アプリなどのソフト産業からハードウェア製造関連まですべてを含みます。特にハードウェア製造に関連した部材のサプライヤーとして関わる企業の数は865社と膨大です。iPhone需要の有無で、これらの部材を供給する企業の業績はもちろん大きく変化します。7月27日(米時間)に同社は、iPhoneシリーズの累計出荷台数が10億台を超えた、とも発表しています。2007年からの約9年間でこれだけの台数が売れたことになりますが、これはもちろん、家電製品としては最高級の数字です。その製造には様々な企業が関わっており、2日に公表された日本向けのリポートも、その状況を示すもの、と言えます。 昨今、スマートフォン全体の成長鈍化に伴い、こうした企業への影響が語られることがありますが、その裏にあるのは、iPhoneが日本の様々な企業とのコラボレーションで製作されているからにほかなりません。アップルは米カリフォルニアの企業であり、iPhoneの生産は中国で行われています。「国内メーカー製でない」ことを残念がる人も少なくありませんが、もはや今の製品は、一つの国だけで生まれるものではない、ということがよく見えてきます。 ■技術を求めていきなりコンタクト では、アップルが選んだ企業とはどのような企業なのでしょうか? 今回は、リポートにも登場した「帝国インキ製造株式会社」と「カシュー株式会社」に取材しました。どちらも、iPhoneを作る上で必要な「インク」「塗料」を製造している会社です。 アップルとの大きな取引、というと、どちらも大規模な企業、というイメージをもちそうです。しかしそうではありません。共に社員二百数十人の中規模企業。失礼ながら、今回取材にうかがった際も、社屋を見るだけでは、年間最低1億台を生産する製品に使われる部材を納入する企業には見えませんでした。 帝国インキ製造の澤登信成社長は「あのメールを無視していたら、今ごろ弊社のビジネスは大きく違っていたでしょう」と苦笑交じりに話します。 「2007年のことですが、弊社のホームページにアップルから、『こういうインクはないか』という連絡があったのです。日本の家電メーカーとのお付き合いはあったのですが、それまでアップルとはなんの接点もありません。『これは本当だろうか。アップルの名前をかたったいたずらじゃないのか』。それが第一印象でした」 同社は1895年創業の老舗。幾度かの社名変更を経て、現在の帝国インキ製造になりました。創業当時の主軸は新聞用インクの製造。第2次世界大戦後には、疎開先で靴墨を作って事業を維持しつつ、その後も新聞印刷用を手がけていました。しかし、大手印刷会社系が占める新聞用インクでは先がないと判断、スクリーン印刷技術に方向性を変えます。当初は印刷物向けを下請けとして手がけていたものの、より経営の独立性を高めるために、その技術を生かして独自の方向性へとかじを切ります。それが、紙以外への印刷、すなわち工業製品への応用です。まずは自動車のスピードメーターから始まり、オーディオコンポなどの家電製品でも使われるようになりました。使う素材に合わせ、金属用のインク・プラスチック用のインクなど様々な製品を開発し、国内の自動車・家電メーカーとの取引を広げています。 そんな中で、製品に使う「白いインク」を求めて、アップルは同社にコンタクトすることになります。アップルは「正確にどこに使うかを明言することはできない」としていますが、現在のiPhoneにおける「白い部分」というと、おおむね想像はつくのではないか、とは思います。アップルが帝国インキ製造の白インクに求めたのは「遮光性」でした。光が透けて見えると、製品としての価値が台無しになります。そこで、光が透けず、ガラスなどにもきちんと印刷できるインクとしてiPhoneに使われることになったのです。またiPhoneには、外光の強さを測る「照度センサー」が内蔵されていますが、ここでもインクが活躍します。「インク層を通ることで光の波長を選択し、フィルターとして働くようになっています」と澤登社長は説明します。そうした卓越した「インクと印刷技術」を求めて、アップルはわざわざ帝国インキ製造を探してコンタクトしたわけです。 カシューの場合にはどうだったのでしょうか? カシュー株式会社の戸次強社長は「弊社と取引がある企業を経由してコンタクトがあった」と説明します。同社は、有機化合物を使った合成塗料を生産する企業です。もともとは、カシューナッツの生産段階で出る、食用にならない部分から抽出できる油脂を使って塗料やコーティング剤(いわゆるニスや漆の代用品)を作る企業としてスタートし、今でも漆の代用品として生産を続けています。社名もカシューナッツからとって「カシュー」です。 そんなカシューに、最初にアップルが求めたのは「汚染性の少ない塗料」でした。ここでいう汚染性とは、環境対策のことではなく、機器を指先で操作した場合、汚れが付着することを指します。 「いまから11年ほど前に、iPodのクリックホイールの部分について、汚染性(汚れの付着)の問題を解決できる塗料はないか、ということでご相談を受けました。求めているのが低光沢で、しかも一般のウレタンではなくUV塗料(紫外線で硬化する塗料)で、ということでした。つや消しのものは7、8年前から今でもご採用いただいています」 戸次社長はそう説明します。低光沢ということは、表面がピカピカではなく、ひっかかりがあるということです。そうすると、どうしても指先の汚れなどがつきやすくなります。それでも汚れにくいものを、というのはかなり厳しい条件です。その後、同社はアップルとの取引を拡大、iPhoneの一部にも、同社の塗料・コーティング剤が使われています。 「多数の企業とお取引をさせていただいていますが、グローバルに見ても、弊社とのお取引先としてはトップ3に入る状況。世界のアップルですから、最初は『この製品だけのお取引だろう、きっとこのあとはライバルに取られるだろう』と疑心暗鬼でしたが、年々採用は増えています。我々でもできる、と自信が少しずつ出てきました」(戸次社長)とのことですから、もはや欠くべからざるパートナーといえそうです。 |
iPhone支える日本企業 アップルと日本経済の関係
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