熊本地震で学校や公共施設などに開設された避難所のうち、最後まで残っていた熊本県西原村の避難所が18日、閉鎖された。緊急対応として設けられ、食事なども提供される「1次避難所」はこれですべてなくなり、避難者数はゼロになる。
熊本県内の避難者は本震が襲った翌日の4月17日に18万人を超え、避難所も一時は855カ所に達した。その後は余震の減少で帰宅したり、応急仮設住宅やアパートに移り住んだりして減少。西原村の1カ所が残ったが、18日朝に残る2人の避難者が修理が終わった自宅とアパートに移った。
一方、震度7の揺れが2回襲った益城(ましき)町や隣接する御船(みふね)町は避難所の閉鎖後、次の住まいの入居日を待つ人のために、食事の提供がない「待機所」を設けており、数人が滞在している。
約47万人が避難した2011年の東日本大震災では岩手、宮城、福島の3県内の避難所は約9カ月半で全て閉じたが、原発事故の避難者がいた埼玉県の避難所の閉鎖にはさらに2年を要した。兵庫県で31万人以上が避難した1995年の阪神・淡路大震災では、約7カ月後に神戸市の最後の避難所が閉鎖されたが、行き先未定の人が500人以上いて、市が12カ所の待機所を設け約3年間続いた。(平井良和)