従業員の残業は減りましたか?
ワーク・ライフ・バランスを重視する機運が高まる一方で、長時間労働や残業の多さから、社員の自殺など深刻な問題が起きています。シリーズ「われら中小企業」では、安倍政権が発足した4年前と比べ、従業員の残業が減ったかを経営者49人に聞きました。「減った」と答えたのは21人。「増えた」ところも、やむにやまれぬ理由がありました。
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■〈Yes〉酒造会社「中野BC」社長・中野幸治さん(41)
残業は減りました。直接的には管理職が部下の労働時間をきちんと把握し、残業をしない職場づくりに努めたからです。でも、仕事が多すぎると、残業を減らすといっても限界はある。大手なら設備投資で解決できますが、私たちは人に頼らざるを得ません。
能力の高い人には、仕事が集中しがちです。数年前、瓶詰めラインで要の従業員が苦境を訴えました。流れのチェック、製品ごとの機械の調整、ラベルの補充ほか、様々な仕事をこなしていた。状況を把握するため、管理職がラインに入ったりヒアリングしたりして、改善しました。
他部門の担当も現場を見て働く環境を見直すと、会社の雰囲気が変わりました。チーム力が上がったというか。たとえば、製造が忙しいときには営業が手伝う。あるいは、同じ製造でも、6月が最盛期となる梅酒の漬け込みに、冬場が忙しい日本酒など他の担当スタッフが応援に入る。機動的に動く態勢ができています。組織の間の壁を低くしやすいのは、中小企業の強みですね。
残業をなくそうという時代の流れの一方、もっと働きたい、稼ぎたいという人もいる。残業や長時間労働は一律に悪なのか、事例によるのではという思いもあります。これから若い働き手は、特に地方では減る一方。会社を維持し、成長させていく労働力をどう確保すればいいのか、経営者としては悩みます。超過勤務の基準を都市部より緩める、外国人を雇用しやすくするといった、実態に応じた政策を望みます。(本社・和歌山県海南市 従業員176人)
〈Yes〉 社員全員が、月単位で残業時間をチェックしている。社員一人ひとりが残業を自己管理できるようになったことで自主性が高まり、生産性も上がった。次の課題は有給休暇の完全消化と、計画的な連続休暇の取得だと考えている。(50代・サービス業)
〈Yes〉 ノー残業デーを導入した。部署ごとに残業時間のリポートを出してもらい、会議で検証して、残業時間削減を競わせている形だ。ただ、残業をして仕事の精度を上げたいという社員の思いも大切。残業すべてが悪だとは言えないと思う。(40代・サービス業)
〈Yes〉 従業員に女性が多く、育児と仕事との両立を考えて残業なしで帰れるようにしてきた。志望してくれる学生もいて、良い人材を採用できている。けれど、2時間ほど残業してもらって5年後の当社について社員討論をしたら、大好評だった。(60代・サービス業)
〈Yes〉 残業があると人件費分を製造コストに上乗せすることになり、競争力の低下につながってしまう。特定の人に仕事が集中しないよう、1人で何でもこなせる多能工をめざしている。高付加価値の製品開発にも力を入れられるようになった。(50代・製造業)
〈Yes〉 残業をしてもらうときは従業員の都合を聞き、無理のない範囲で、と決めている。業績も上げたいが、仕事を増やせばさらなる残業につながってしまう。人材を募集しているが、最近の人手不足もあり、なかなか良い人材が見つからない。(60代・サービス業)
■〈No〉給食食材卸「給材」社長・宮崎伸洋さん(48)
ことし4月、全国展開をしている同業の新潟営業所を従業員ごと引き受けました。仕事の効率が悪くなり、残業は増えました。
地域の雇用を守ることは中小企業の使命です。でも、従業員には申し訳ないと思っています。来年には仕事場を1カ所に集約し、従業員も新たに雇って残業を減らします。
けれど、最低賃金が高い大都会と違って、給料水準が高くない地方では、残業代も大切。心と身体が病んでしまうほどの残業は問題ですが、給料が減って生活が苦しくなったら、なにが「ワーク・ライフ・バランス」ですか? 都会の人は、交通網が発達しているので、安い店を探して飲みに行くこともできるでしょうが、地方では、できません。通勤手段は車ですから。
保育園や学校向けに給食の食材を卸している会社です。子どもの数が減るなか、適正とは思えない安値で行政からの仕事を落札しています。食の安心安全にこだわるのは当然ですが、野菜が高騰しています。利益がさらに薄くなっています。
うちは、学校給食の味をテーマにした米粉のカレールーなど、消費者向けの商品を手がけ始めました。いままでの業務だけをしていたとしたら、仕事の量をこなさなくてはならず、残業はもっと増えているかもしれません。
行政のみなさん、民間に出すすべての仕事を、利益がでる水準で発注して下さい。それがないのに「残業だけを厳しくチェックする」という方針には、納得できません。(本社・新潟市東区 従業員16人)
〈No〉 するべき残業と無駄な残業があるはずで、メリハリをつける必要がある。目的は残業を減らすことではなく、豊かな時間をどう過ごすのか、人間形成そのものが課題だ。ただ、納期の問題もあり、仕事量が増えると残業で対応せざるをえない。(40代・製造業)
〈No〉 客から求められる納期に無理して応えており、残業が増えた。応じられないと断れば、仕事そのものがなくなる恐れがある。生産性を上げる努力は続けていくが、発注側には、請け負う側と話し合って納期を決める責任があるのではないか。(50代・製造業)
〈どちらとも言えない〉 その日にやるべき仕事を、決められた人数で、決められた時間にバチッと終わらせる。それこそ、職人。「ワーク・ライフ・飲酒バランス」も大切だと思う。社会全体の残業を減らすには、霞が関や大企業をノー残業にすればいいのでは。(40代・サービス業)
■恒常的な人材難、やりくりに腐心
「減った」が多数派でしたが、「残業をなくすために外注化した」という会社もありました。減ったにせよ増えたにせよ、多くの回答に共通するのは、恒常的な人材難でやりくりに腐心する中小企業経営者の姿です。「従業員の負担を軽くしたいのはやまやまだが、会社全体の労働力が減ると仕事がこなせない」――。一口に「時代に合った働き方」と言いますが、何のために働くのか、会社とは何か、改めて問われていると感じます。(村上研志)
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協力いただいた49社(順不同)【北海道】武部建設、岩見沢液化ガス【東北】高田自動車学校、八木澤商店、オクト、蔵ホテル一関、シェルター、八葉水産、東穀、ヴィ・クルー、キクチ【関東】中里スプリング製作所、日本プラスター、日本電鍍工業、永瀬留十郎工場、プレジール、日本橋梁工業、コビーアンドアソシエイツ、吉村、石坂産業、アイシービー、喜久屋、セリエコーポレーション、アトム精密、エイアンドピープル、ミナロ、アフロディーテ、ウェルネスダイニング、一友ビルドテック、ユウマペイント、サンパワー、ジー・ブーン【中部】給材、ネコリパブリック【近畿】ロマンライフ、山田製作所、中野BC、新日本テック、進和建設工業、カワキタ、梅南鋼材、三協製作所、成田塗装、日本グリーンパックス【中国、九州】エブリイ、ヒューマンライフ、お掃除でつくるやさしい未来、プレースホーム、ツシマ
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◆編集委員・中島隆も担当しました。
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