長時間労働をなくすためにもっとも取り組んでほしいことは何ですか?
長時間労働をなくすため、国・行政と、経営者に取り組んでほしいことを、朝日新聞デジタルのアンケートで尋ねています。今回は、多くの人が求めていることを実践する取り組みを紹介します。一方、固定残業代の禁止を求める声も届いています。そんな声が増える背景を探り、メールをくれた方にその思いを聞きました。
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経営者にもっとも求めることを尋ねたアンケートでは、「無理な受注やサービス提供をしない」を選ぶ回答が多くなっています。それは経営者次第だと言うのは、中里スプリング製作所社長の中里良一さん(64)です。群馬県甘楽町に訪ねました。
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従業員二十数人でバネを作っています。製品は2万種以上、取引先は47都道府県に1900社ほどあります。
40年前、父親が創業した会社に入ったときは、2時間の残業が当たり前でした。私の目標は「日本一楽しい町工場」。従業員に「とにかく5時で上がろう」と言いました。
反発はありました。納期が守れない、お客様の要望を聞く時間がなくなる、給料が減る……。でも、やってみると、3カ月で残業はゼロになりました。要は働きの密度でした。
従業員には残業1時間分、基本給を引き上げました。それでも、残業をしている他社に金額で負けるかもしれませんが、自由に使える時間は多い。「気持ちの豊かさ」のトッピングで勝っていると思います。
残業が必要になる仕事は断っています。2%、3%のコストダウンに死にものぐるいになっているのが、私ら製造業。経営をまともに考えれば、割り増し残業代が必要なほどの量を請け負っても割に合うわけがない。勘定合って銭足らず、です。
無理な発注でも受けないと、下請けは仕事がなくなるということを言う経営者もいます。私も、1件断ると5件離れると言われました。それでも嫌な取引先は切りました。その代わりに、5件、10件と新規のお客様を見つけてきました。
なぜ開拓できるのか。うちに特別な技術があるとは思っていません。ただ、何が、どのようにしたらできるかを知り抜いているつもりです。
その私が飛び込みで新規営業をして回ります。相手のニーズをよく探ります。重視しているのは、納期の早さか、価格か、品質か。この三つは一緒くたに考えがちですが、そうではありません。見極めて、うちでやれることをぴったり合わせられれば、契約を勝ち取れます。
大きな仕事は、あると安心かもしれませんが、漫然と受けるのは経営者として決断のサボりです。失ったときのダメージも大きい。
うちは取引先を増やしたおかげで、1社が取引額全体に占める割合は多くて5~6%。社員を犠牲にするような発注はいりません。断り上手は商売上手だと思います。(聞き手・村上研志)
■時間内で成果 評価導入
経営者に取り組んでほしいこととして、アンケートでもっとも多くの人が選んでいるのが、「長く働くことを評価する風潮をなくす」です。
山形銀行(本店・山形市)は今年度から人事評価に新しい項目を加えました。以前は、時間に関係なく新規顧客の開拓や融資先の数など、半期ごとの目標達成度で評価していました。その評価基準の2割を「限られた時間内で生産性を上げるための取り組み」に振り分けました。いかに業務時間内で成果を上げたか、も問うようにしたのです。
労働力人口が先細る中で生き残っていくため、限られた人数と時間で成果を上げられ、多様な人材が働き続けられる組織にしなければ――。こうした問題意識から働き方を見直し、生産性の向上につながる取り組みへの評価を導入したそうです。
新たな評価制度とともに、時間内で成果を出すための仕組みも採り入れました。部署や支店ごとに、その日の各職員の業務内容をホワイトボードなどに書き出し、朝や昼休み後のミーティングで業務の割り振りを見直します。全員が定時の午後5時に退勤することを目指して互いの業務を補い合い、チームとして業務の効率化に取り組んでいるそうです。
不要な残業をなくすため、部署や支店ごとに毎朝その日の退勤時間を決め、午後7時を過ぎる場合は朝、午後8時を過ぎる場合は夕刻前の事前申請を徹底。午後8時以降の残業は人事総務部長が必要性を判断し、決裁することにしました。
今年度は本店と全支店の平均で、最後に退勤する人の時間が昨年度より1時間ほど早くなり、「家族と夕食を食べられるようになった」「終業後、ジムや図書館に行けるようになった」など、効果を実感する声が多く寄せられているそうです。ワークライフバランス推進室の村岡可奈子副室長(35)は「地銀の取り組みが県内企業の参考にもなればうれしい。役に立てる部分があれば、経験を共有したい」と話しています。(三島あずさ)
■広がる固定残業代 悪用する例も
1回目、2回目のアンケートを通して、固定残業代の問題を指摘する声が寄せられています。
「固定残業代」はあらかじめ決められた固定額を残業代として支払うことです。ただし、①基本給と残業代部分を明確に区別する②固定残業代が対象にしている労働時間を明確にする③実際の残業時間が固定分を超えた場合にはその分を支払う、などの条件が必要です。
固定残業代にしても労働時間を把握する必要はあり、実際の残業が固定分に達しない場合に支払額が減るわけではありません。企業にとってはメリットはあまりないはずです。
ところが、固定残業代は広がっています。きちんと運用しなかったり、残業代を支払わない理由にされたりしているケースもあります。労働問題に詳しい嶋崎量弁護士は「固定残業代は違法な長時間労働の温床になっている」と言います。
読者からも、固定残業代の問題を指摘するメールを頂きました。
東京都内の男性(62)は、2人のお子さんの職場が固定残業代だそうです。旅行会社に勤める長女の場合、固定分を超えたら、その分は支払われているそうです。しかし、自動車販売店に勤務している長男は、営業手当があるだけで、実際の労働時間に応じた残業代は受け取っていないといいます。
男性は、今年秋まで大手企業に勤務していました。「労働時間は把握され、残業代は支払われていた」といいます。固定残業代という仕組みがあることを知って、「どこかおかしい」と感じたそうです。「企業は、把握できる労働時間は当然、把握すべきだし、その時間の賃金を支払うべきだ。そうでないと歯止めがかからない」と話しています。(編集委員・沢路毅彦)
■「体質改善難しい」「社内の風潮に要因」
アンケートに寄せられた声の一部です。
●「新卒で入社し現在8カ月目です。時間外労働は毎月50時間くらいしており、休日出勤しても代休は取得できません。しかし、そんな状況で『若いうちはそんなもの。俺もそれに耐えてきた。時間外、休日出勤はあって当然のもの。甘ったれるんじゃない。これだからゆとり世代は使えない』などと小言を言われています。もちろん、先輩、上司は責任の重い仕事をしています。しかし、彼らに従うことしかできない下っぱの職員はそれに耐えるしかありません。法制度などをいくら整備しても昔からの会社、業界の体質を変えていくのは難しいと感じています。業界にあったきめ細かい制度の策定と確実な実施が必要だと感じています」(兵庫県・20代男性)
●「弱小企業では残業を減らすのは難しいです。仕事量の多いのも問題かもしれませんが、やはり社内の風潮が一番大きいように思います。外圧しか解決方法は無いと悲観的に思います。労働基準監督署にもっと本気になってほしい」(北海道・50代男性)
●「長時間労働や残業削減は、人事考課の再考と併せて実施すべきだと思います。『長く働くことを評価する風潮をなくす』と関係しますが、時間内労働で成果を出す人の評価が上がり、報酬が上がれば、管理職・一般職に関係なく双方が業務消化の効率化を工夫し、長時間労働の解消・改善が進むものと考えます」(東京都・50代男性)
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