米軍普天間飛行場の周辺を飛ぶオスプレイ=19日午後2時27分、沖縄県宜野湾市、小宮路勝撮影
事故から1週間足らず。米軍は19日、沖縄県内でオスプレイを次々に飛ばし始めた。米軍の論理と、それを止められない政府に、住民たちは天を仰ぐ。捜査を担当する海上保安庁は米軍の協力が得られておらず、日本側が捜査できないまま米軍による機体の回収が進む。
特集:オスプレイ
プロペラをヘリモードに上げたオスプレイが、普天間飛行場の滑走路からゆっくりと浮かび上がった。午後1時58分。沖縄防衛局が米軍からの情報として県庁に伝えた「午後2時」を待たずしての飛行再開。2機目、3機目も続けて飛び立った。
午後3時過ぎ、宜野湾市街地の上空を飛ぶオスプレイ2機を、元市基地政策部長の山内繁雄さん(65)は見上げた。「住民には何の説明もない。また置き去りだ」と歯がみした。
13日の事故から飛行再開までの一連の出来事はすべて、過去と二重写しに見えた。2004年、米軍ヘリが市内の沖縄国際大に墜落・炎上。市役所の窓から、黒煙がもうもうと上がる惨状が見えた。
在沖米軍トップは今回の事故で「住民に被害を与えず、感謝されるべきだ」と発言し、沖縄の怒りを買った。沖国大の事故の時も在日米軍司令官が「人のいない所に持っていき、素晴らしい功績」とパイロットをたたえていた。
山内さんが退職した12年、普天間に12機が配備された。その前に海外で2度の墜落事故があったが、政府は延期要請すらしなかった。
以来、オスプレイを目にするたび「いつ事故を起こすか」と危ぶんだ。飛行再開でまた、不安な日々が始まる。「米軍は訓練が第一で県民の安全は二の次。そして政府は米軍に付き従う。次の墜落が市街地でないという保証はないのに」
宜野座(ぎのざ)村城原区の泉…