フランス大統領選の第1回投票が4月23日に迫った。右翼「国民戦線」(FN)党首のマリーヌ・ルペン氏(48)が1位となり、上位2人での決選投票(5月7日)に進出することが有力視されている。移民規制を掲げ、欧州連合(EU)からの「主権回復」を訴える彼女が、なぜこれほどの人気を集めているのか。FN躍進の現場をルポする。 ◇ フランス・ワインの代名詞、ボルドー地方にあるプリニャック・アン・メドック村。3月のある週末、小さなワイナリー「シャトー・シャンテリス」を訪れたのは、武骨な自警団に囲まれた右翼政党「国民戦線」(FN)の視察団だった。 「まさか、あの賢明な人がFNに?」 地元に波紋が広がった。経営者のクリスティーヌ・クリヨン(64)は、開放的な人柄で知られてきたからだ。 小規模ながら、保守的なワイナリーのイメージを覆す経営。ブドウのツタのはう石造りの母屋と棟続きの倉庫があるシャトーでは、芸術家や音楽家を招いたイベントも開かれてきた。日本のファッション誌のモデル撮影にも使われたこともある。 クリヨンに会った。彼女は、視察団を連れてきた地方議員のグレゴワール・ドゥフォルナ(32)が「お気に入り」なのだという。ドゥフォルナも、自分と同じ小規模ワイナリー経営者だからだ。「彼は農民だから好きよ。ブドウ畑を持っているから、私の問題をわかってくれる」 FNの視察の際、ドゥフォルナは「フランスではワイン好きとアルコール中毒が混同され、レストランでワインが飲まれなくなっている」と快活に話した。右翼政治家らしからぬ話しぶりに、クリヨンは「私たちの小さなワイナリーは、(絶滅危惧種のいる)動物園とか博物館みたいなものじゃないかしら」と応じた。 視察の翌日、私はクリヨンと、彼女のブドウ畑を歩いた。カベルネ・ソービニヨンとメルロー、希少品種のプティ・ベルドを育てている。所有するブドウ畑は17ヘクタール。5人の従業員とともに、ボトル換算で年約9万本の赤ワインを生産する。視界の先には、クリヨンのシャトーと同じような小さなワイナリーがいくつもあった。 ブドウ畑で、クリヨンは漏らした。「近年、私の手取りは月1500ユーロ(約18万円)ほどで、貯蓄を切り崩している。2012年~14年のワインを売り切ることができなくてね。昼飯は母親のところで食べる。ここ半年、ワインの輸出市場は砂漠状態よ」 ボルドーワインの主要生産地メドック地区には、伝統ある名産地であるがゆえの構造的問題がある。 ボルドーワインは、1855年にできた格付けで基本的な価値が決められている。父親が1940年代に買収したクリヨンのシャトーはその枠外だ。 クリヨンは、最高位に君臨する五大シャトーの名前を挙げ、「価格が暴騰し、1本500ユーロ(6万円弱)よ。私たちはひどいめにあっている」と怒りをぶちまけた。客に「私たちからなら、本当にいいメドックワインが12ユーロで買える」と売り込んだら、「安すぎる」と言い返されたという。 買い手がメドック産のワインに期待するのは、品質とともに、19世紀に定められた序列に基づく名前、豪奢(ごうしゃ)なイメージなのだ。格付け枠外にいるクリヨンのような作り手は、安いこと自体が売れない理由になってしまう。一方で、スペインやイタリアなどのワインに比べれば割高で生産量も少ないから、低価格帯の市場では競争できない。 この数年で周辺の約10のワイナリーが中国資本の傘下に入っている。「忘れられた地方」の振興を唱えるFNの主張が、クリヨンには心地よく感じられる。 FNは、特権を持たない大衆の声を政治に反映させるべきだと訴える。大統領選のスローガンは「民衆の名のもとに」。国内産業を保護する「フランス第一」が公約だ。既存の体制に守られた「エスタブリッシュメント」を攻撃し、経済のグローバル化と闘うとの主張だ。 これまでメドック地区は、主にワイン産業の労働者の支持を背景にした社会党の地盤だった。ところが、2015年の地方選では、一部の地域でFNの得票率が5年前の3倍に伸びるなど大躍進を遂げた。 もしFNが政権を握れば、輸出が50~75%を占める自らの売り上げが打撃を受ける可能性があることにも気づいている、とクリヨンは言う。だが、自分の苦境に耳を傾けてくれたのは、FNであり、ほかの政党ではなかった。 クリヨンのワイン畑で、アルジェリア系フランス人のカメル・ブラグダ(50)に出会った。同じ畑で15年間働くという熟練労働者だ。メドック地区でのFN躍進を問うと、彼の顔が曇った。「人種差別主義者は嫌いだが、(人々がFNを選ぶなら)それが民主主義だ」 ◇ 次いで、メドック地区の中心的な町であるポイヤックを訪ねた。 ジロンド川の川岸にある人口5千人ほどの町の名は、世界的に有名なワイナリー「シャトー・ラフィット・ロートシルト」の超高級ワインのラベルに印刷され、ワイン通には広く知られている。 だが荘厳なシャトーの影で、足元の地元経済はぼろぼろだ。 町の中心部の商店街は、一見、… |
格差・貧困…そこにルペン氏 仏ワイン作り手の心つかむ
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