3月半ば、フランス南部の人口1万6千人の小都市ボーケールの旧市街にある荘厳な石造りの市庁舎を訪ねた。移民規制や「欧州連合(EU)からの主権回復」を掲げるFNが2014年の地方選挙で市長の座を射止めた全国10市のうちの一つだ。
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午前8時半、市長執務室に続く控室では、20人近い人が用意されたパイプ椅子に腰を下ろし、執務室に迎え入れられる順番を待っていた。
月に2度、アポなしでやってくる市民一人ひとりの話に、市長のジュリアン・サンチェス(33)が直接耳を傾ける日だ。市長に話したいこと、相談したいことがある市民は、この日ならだれもが面会できる。
満員になった控室を離れ、バルコニーでたばこを吸っていたフランシスコ・ガオナ(62)に声をかけた。賃貸に出している所有アパートの改装で、法的な問題が起きないよう市長に助言を求めに来たという。
「サンチェス市長は間違いなく市民の近くにいる人だ」と言う。「アポなし、分け隔てなしで市長に会えるのはすばらしい。前の中道右派の市長はえこひいきがひどく、みな失望していたんだ」
しばらくしたら、旧市街に住むアントワーヌ・ボー(64)が市長室から出てきた。子供たちが中世の要塞(ようさい)跡の石を通りに投げ下ろすため、困って市長に相談に来たという。
「助役たちといっしょに30分もかけて話を聞いてくれたよ。要塞跡は他の自治体との共同管理だから、対応が難しいのにね。『何とかやってみましょう』と言って、その場で担当者にも電話してくれた」
ボーさんは30年来の住民だ。「旧市街住民の7割は北アフリカの旧領土からの移民たち。彼らは全く別のコミュニティーを作っていて、街は完全に二つに分かれている」と話した。
サンチェスは、4党が競った地方選の第2回投票で得票率40%を獲得し、圧勝した。出馬までパリのFN本部で広報の仕事に就き、ボーケールには一度も住んだことがない「落下傘候補」だった。だが、市長就任から3年、古くからの住民たちの評価は上々だ。
市庁舎を離れ、旧市街を歩いた。石畳の路地が入り組む街並みは外観こそ保たれているが、人通りは少ない。数件のケバブ屋を除き、かつて商店があったと見られる建物の1階も多くが板でふさがれている。
ボーケールは、ローマ時代の円形競技場が残るニームや14世紀初めにローマ法王庁が置かれたアビニョンに近い。中世以来の歴史を持つ旧市街に、1980年代から変化が起きた。多くの移民がやってくるのと前後して、郊外にショッピングセンターが開店。昔ながらの商店が立ちゆかなくなって古い住民の流出が続いた。歴史的な建物は部屋ごとに分割されて低家賃で低所得者層に貸し出されるようになった。人々は「あちこちで麻薬取引が行われている」とささやく。
サンチェスはこの旧市街の再興に力を入れる。
新たに開店するか、店舗を拡張する商店主に最初の2年間賃貸料の30%を市が援助する制度を始めた。
市が直接雇用する地方警察官を13人から26人に増やして治安強化もアピール。街の防犯カメラの数を飛躍的に増やした。今年はさらに40万ユーロ(4800万円)を投入して監視システムを拡大する計画だ。
9年前から旧市街の広場で郷土料理レストランを経営する女性セシール・ギオ(55)を訪ねた。「市長は地元出身じゃないからこそ、これまでの市長と違った考え方ができるんじゃないかしら」と話す。レストランは市の新しい援助制度で店を拡張したばかり。店は、開店以来収集し続けたという絵画、小物のアンティークで美しく飾られていた。
旧市街に近い地域にディベロッパーを入れて住宅開発するサンチェス市長の計画に期待しているという。「周辺の住民の大半は貧困ライン以下で暮らす人たちだから、レストランのお客にはならない。近くに中間所得層を呼び戻さなければ、街のにぎわいは戻らないわ」と言う。
「自分には二つの使命がある」というのがサンチェスの持論だ。「人々のための市長であること、そしてFNがフランス全体のための解決策を持つ党であることを地方レベルで示すこと」だ。
サンチェスの親しみやすさと熱心な仕事ぶりは誰もが否定しない。FNを厳しく批判する社会党市議、ロゼマリ・カルドナ(72)さえ、こう話す。
「ある時、街でおばあさんが彼…