試合に勝ち、ガッツポーズでスタンドの応援団にあいさつに向かう津田学園の選手たち=8日、阪神甲子園球場、柴田悠貴撮影
(8日、高校野球 津田学園7―6藤枝明誠)
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エース水谷から左腕の若林への継投で、全国選手権初出場で勝利をつかみ取った津田学園。その継投を巡り、ベンチでは「ひともんちゃく」があった。
六回から、左翼で先発した石川史に代えて投手に若林を入れる。代わりの左翼手を誰にするか――。佐川監督は迷っていた。「自信がありません」と言ったのは、4番打者で一塁を守る2年生の上下だった。
苦い記憶がそう言わせたのだろう。一塁手が本職だが、三重大会決勝では途中から左翼に回った。勝利目前の九回2死、フライを落球し、そこからあわや逆転サヨナラ負けというピンチとなったのだ。
弱気になる下級生を横目に、「おれがいくから」と手を挙げたのは、マウンドを降りるエース水谷だった。外野は中学までやっていたが、高校では、投げない時は一塁を守ることがほとんどで外野はやっていなかった。
主将でもある水谷。前日の練習でも、メンバー外の1年生投手に投球フォームについて10分以上にわたって「講義」するなど、優しさあふれる先輩だ。
左翼の守備は危なっかしかった。飛球を追う足取りは左右にふらふら。それでも、7度もの守備機会をなんとかミスなくこなした。
「主将としてチームをひっぱる姿に触発された」と心を打たれたのは、マウンドを継いだ若林だった。「たくさん打球が飛んだけど、水谷がすごく頑張って守ってくれたから、僕も乗っていけました」。水谷が打球を捕るたびにチームは盛り上がり、再三のピンチも乗り切った。
そして、延長十一回にサヨナラのきっかけとなる安打を放ったのも水谷。「粘り強く勝てて良い経験になりました」。マウンドでは5回4失点と不調だったが、さすがは主将と思わせる水谷の「男気」だった。(山口史朗)