市井早苗さんと2人の息子=金沢市 東京電力福島第一原発事故による放射能の影響を恐れ、都内に夫を残し、北陸に自主避難した母子がいる。この母子は原発事故の避難者も題材にした絵画作品群「ダキシメルオモイ」のモデルに応じた。離れがたい東京を手放し、新天地で見つけたものとは――。 原発事故で避難、抱擁する親子の絵 モデルが歩んだ道は 「1分1秒でも一緒に…」 福島で生きる道選んだ家族 「早苗は、ここを『腐海(ふかい)』の森だと思っているんじゃないの」 2011年3月の東日本大震災当時、東京都調布市に住んでいた市井早苗さん(40)は、発生から数カ月経ったころ、友人にそう言われた。 「腐海」とは映画「風の谷のナウシカ」に登場する森。そこの植物が出す毒を吸い込むと死んでしまう。友人は東京電力福島第一原発事故で放出された放射性物質を「毒」に例えた。 原発事故以降、市井さんの神経は張り詰めていた。当時3歳の長男(10)が事故以降、鼻血を頻発するようになっていた。生後間もなかった次男(7)のぜんそくもひどくなる一方だった。 市井さんは放射性物質が気になってしかたがなかった。「放射性プルーム」(放射性雲)が関東地方上空に流れ込んだ時期に、不足した生活物資を買い求めようと子どもを外へ連れ回したせいではないか――と考えたからだ。 不安が高まる一方で、周りは日常へ戻っていった。医師に相談しても「心配しすぎるお母さんのほうが心配です」と言われた。 その頃、夫(41)は映像関係の仕事で大きなチャンスをつかみかけていた。18歳で栃木県から上京し、劇団に入った市井さんも、表現の世界で生きてきた。仕事、友人、夢……。すべてが東京と結びついている。「東京を離れては生きられないと思っていた」 だが震災発生から1年後、夫を残して調布を離れた。子どもの健康を守れるのは親しかいない――。そう思い、決断した。 富山県射水市にある夫の実家に身を寄せた。息子たちの体調は戻った。14年3月、さらに金沢市に移った。 夫が家族のもとに来られるのは月1回ほど。市井さんは金沢に引っ越してから約1年後、「ダキシメルオモイ」のモデルになった。当時、絵に寄せた手記に、こうつづった。 「パパと『じゃあ、またね』と手を振った後に、淋(さみ)しさを押し殺して、むっつりと黙り込んだかと思うと『へっちゃらへっちゃらー』と騒ぎ出す子どもたちを見ていると、申し訳なさと、ぽっかりと空いた心の隙間の大きさに押しつぶされそうになるのです」 そんな母子を支えたのは、金沢で出会った人たちだった。 事情を知った町内会長は歓迎の飲み会を開いた。近くの民謡の先生はボランティアで息子たちに太鼓を教えてくれた。金沢でできた友人の夫は息子たちを外に連れ出し、「戦いごっこ」といった男の子ならではの遊びをしてくれた。息子たちも成長とともに、少しずつ落ち着きを取り戻した。 市井さんも舞台のナレーションなど、仕事を少しずつ再開し、3月には震災と原発事故を描いた朗読劇に出演した。 北陸の豊かな自然が気に入った。ゆくゆくは古民家をリフォームして定住したいと思う。夫も仕事の都合をつけ、遠くない将来に合流するつもりだ。 市井さんは話す。「原発事故は肯定できない。でも新しい道や違う生き方を見つけるきっかけになった。いまここにいる自分が好きです」 春が近づく北陸で家族としなやかに生きている。 =終わり(保坂知晃) |
手放した「東京」、北陸で見つけた道 原発避難家族
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