作品について語るアイ・チョー・クリスティン=金沢市の金沢21世紀美術館
ほとばしる色彩のなかに、手や魚、犬の顔など、具体的な形の断片も浮かぶ。ギロチンのような装置を使った大きなインスタレーションも。抽象画とも具象画ともつかない作品群は、ダイナミックかつ繊細で、見る者の感情を揺り動かす。その根底には「人間とは何か」という問いがあるという。インドネシアで活動する現代アーティスト、アイ・チョー・クリスティン(1973~)の、日本の美術館では初となる個展が、金沢21世紀美術館(金沢市)で開かれている。
初期の版画から、油彩画、インスタレーション、新作の大型絵画まで、全53点(一部展示替えあり)が並ぶ。代表作を通して彼女の歩みをたどり、創作の源泉を知る絶好の機会だ。
ジャワ島西部のバンドン出身。学生時代には金属板に線を刻む版画技法「ドライポイント」に取り組んだ。大学を卒業し、テキスタイルデザイナーとして働いた後、2000年ごろから作家としての活動を本格化させた。
彼女の絵画作品の特徴の一つに、画面をひっかくような力強い描線が挙げられる。作家の手の動きをダイレクトに感じさせる筆致は、学生時代に培われたドライポイントの描線と共通する。
09年からは、クレヨンのようなスティック状の油絵の具「オイルバー」を用いている。アイ・チョーは「そもそも私はグラフィックアート(印刷術による平面芸術)が背景の人間」といい、「グラフィックアートをほうふつとさせる香り、色合い、質感が、オイルバーを使うことで可能になっている」と説明する。
彼女の作品には、聖書と関連する主題がしばしば登場する。大型のインスタレーション「Lama Sabakhtani #01」もその一つ。はりつけの刑にされたキリストが叫んだ「神よ、どうして私をお見捨てになったのですか」という言葉に触発された作品だ。
3枚の刃が並んだ、ギロチンを想起させる巨大な装置。ゆっくりと引き上げられた刃が轟音(ごうおん)とともに次々と落下し、ワイヤでつながれた真鍮(しんちゅう)の玉がはじかれたように揺れる。痛みや恐怖を間近に感じさせる一方、壁に映る影の動きは幻想的で、解放された魂の姿にも見える。
「(キリストが磔刑(たっけい)になった)あの時代と重なることが、今の状況のなかで多々見受けられる。それでも、どんなに厳しくつらい状況も、それと向き合っていくことで、必ず乗り越えていけるのではないかということを、作品を通じて訴えたかった」
人間の不完全性や二面性について、透徹したまなざしを向けてきたアイ・チョー。彼女の作品は、見る者の内面を揺さぶり、その根源へと目を向けさせる。「人間を人間たらしめるものとは何か」という問いが、作品に共通するテーマという。
自身は中華系インドネシア人でカトリック教徒というルーツを持つ。「正直言って私は、インドネシアという国では少数派に属する。さまざまな差別、あつれきを経験するなかで、『人間性とは何か』『個人はどうあり続けることができるのか』ということを、私なりに繰り返し考え続けています」
8月19日まで。7月17日と月曜休場(7月16日、8月13日は開場)。一般千円。金沢21世紀美術館(076・220・2800)。(松本紗知)