防衛省が「ない」としてきたイラク日報が見つかった問題で、同省が23日、調査結果を公表した。内局職員や陸上自衛官の不適切な対応を指摘する一方、組織的隠蔽(いんぺい)は否定。日報探索の「指示」のあいまいさが指摘された当時の稲田朋美防衛相は調査対象にならず、組織を統制できなかった政治責任は不問に付された。
特集 イラク日報問題
焦点の一つは、発端となった昨年2月22日、稲田氏が「イラクの日報は本当にないのか」と発言したことが「指示」と言えるのかという点だった。
ところが調査チームトップの大野敬太郎政務官は「大臣の指示はあったということから始めた」と説明。はなから「指示」の有無や是非は調査対象とせず、稲田氏自身に対する聞き取りもしなかった。
このため稲田氏の「指示」があったことを前提に、組織内での伝達方法や回答が適切だったかという観点で調査は進んだ。
報告書によると、「指示」を直接聞いた当時の辰己昌良・統合幕僚監部総括官が、部下の統幕参事官付職員に大臣の「指示」を伝達したとしている。
この職員は、メールで陸幕などの部署に指示を伝えたが、その文面はあいまいなものだった。職員は調査に対し、「イラク日報の再探索を実施し、有無の再確認を求める意図はあった」としたものの、「当時南スーダンPKO(国連平和維持活動)日報の対応で疲弊しており、つたない文面となった」と説明したという。
現に職員から指示を受けた陸幕の関係者は、「メールに『大臣指示』『命令』などの記載がなかったことから、稲田氏の探索指示が発出されたとの認識を有するに至らなかった」と調査で答えている。
結果的に稲田氏による「指示」はこの段階では徹底されず、各部署は日報が「存在しない」と回答。報告書では、陸幕など受け手が「再探索の指示があったと認識していなかった」と認定することになった。
しかし、自衛隊関係者からは「問題の源流である大臣指示の是非を一切問わず、下流の受け手だけを調査しても全容解明にならない」との不満が早くも漏れている。
組織的な隠蔽を否定
大臣の「指示」から1カ月余り過ぎた昨年3月27日。陸自研究本部(研本、現・教育訓練研究本部)の教訓課長は、南スーダンPKOの日報の有無を確認していた際に、課内の外付けハードディスクからイラク日報を発見した。
教訓課長は翌28日に上司の総…