セネガルの首都ダカールにある国立競技場で行われたプロサッカーリーグの試合。スタンドはガラガラだった=3月4日、入尾野篤彦撮影
サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会で、24日に日本代表と対戦するセネガル。欧州の名門チームで活躍する選手がそろい、代表チームに対する国民の期待は大きい。ただ、肝心の国内プロサッカーリーグの観客動員はいま一つだ。熱狂のあまりスタジアムで起きた一つの事故が、国民の記憶に今も深く刻まれている。
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3月、首都ダカールを訪れると、街角や浜辺など至る所でボールを蹴っている若者がいた。サッカーはこの国で一、二を争う人気スポーツだ。
ならばと日曜の午後、6万人収容可能な国立競技場で行われたプロサッカーリーグの試合にも出向いた。
ところが、どう多く見ても観客席には300人ほどしか集まっていない。試合が始まってさらに驚いた。10年以上サッカー歴がある記者が見ても、お世辞にもプロとは思えないプレーが多かったからだ。パスのスピードやシュートの精度は、日本のJリーグの方が上だとすら感じた。
「国内リーグがこんな状況なら、日本がW杯で勝つチャンスはあるのではないか」。そんな期待を持ちつつ、リーグの代表を務めるサエル・セック氏(64)に会いに行った。
セック氏によると、現在のセネガル国内のプロリーグは1部と2部で計29チームあり、平均観客数は3千~4千人ほどだという。
なぜ観客がこうも少ないのか? そんな質問に対し、セック氏は「欧州リーグとの競争が激しいからだ。あなたたちが見た試合の当日は、スペインのバルセロナのテレビ中継もあった」と理由を語った。スター選手は海外の有名チームに移籍。魅力に乏しい国内リーグよりも、国際的に有名な選手が集まるイングランドやスペインリーグが人気なのだという。
よく見れば、街中でサッカーをしている若者の多くが着ているのは、海外の有名チームのユニホームだった。
人気が低迷する理由のもう一つは、安全面の問題だ。
セック氏は「スタジアムで選手を応援するのでなく、混乱を引き起こすだけの人々がいる。安全でなければ、誰も試合を見に来たいと思わないでしょう」とため息をつく。
デンバ・ディオップの悲劇
昨年7月には、首都ダカールのスタジアムで痛ましい死傷事故が起きた。
2017年7月15日。セネガルの首都ダカールにあるデンバ・ディオップスタジアムでは、国内カップ戦の決勝が行われていた。歓喜の瞬間を見届けようと、スタット・ンブールとワカムの両チームのサポーターの多くが、スタジアムに足を運んでいた。
1対1の均衡が崩れたのは後半終了間際。ンブールの選手が勝ち越しゴールを決めた。勝利を確信し、喜ぶ選手やサポーター。その直後、ワカムのサポーターの一部が暴徒化し、相手側のスタンドに石を投げ始めたのだ。
警察は催涙ガスを発射して事態を止めようとしたが、逃げ惑うンブールのサポーターは観客席の端に集まった。壁の一部が崩壊。多くの人がドミノ倒しになり、8人が死亡、約90人が負傷した。
当日スタジアムにいたサポーター、ンバイ・ワドさん(45)は、近所の子どもたちの引率をしていた。「人が多すぎて動けず、息もできなかった」と振り返る。壁が崩壊し、他のサポーターに押しつぶされて足の感覚を失った。
今も足を引きずって歩くが、チームの応援は続ける。「あの悲劇を繰り返さないよう、若い人に伝えていかねば。スポーツに暴力はいらないと」
事故で31歳の長女、ウリマタさんを失った父親、ママドゥ・ファルさん(59)も、ワドさんと同じ思いを抱く。
医療施設の助手を務めていた娘を、ファルさんは「優しくて、子ども好きで、サッカーが好きだった」と振り返った。事故の日も、兄弟と一緒にスタジアムに足を運んでいたという。
敬虔(けいけん)なイスラム教徒のファルさんは、娘の死について「神の意思で、運命だった」と話す一方で、「娘をスタジアムに行かせたのを後悔している」とも言った。
事故後に閉鎖されたスタジアムを訪れると、壁の一部は壊れたままだった。事故後に警官は増員されたというが、国内リーグ代表のセック氏は「残念だが、スタジアムでの暴力を減らすための措置を取るのは、金銭面で難しい」と打ち明けた。
ンブールのスタジアムの外壁には、亡くなった8人の名前が刻まれている。ファルさんはつぶやいた。
「スポーツは人々を一つにするものだ。両チームがいつか、同じスタジアムで、争うのではなくプレーをする日が来ることを願う」(石原孝)