イランで自国通貨リアルの下落とドル高が市民生活に打撃を与えている。政府は輸入・両替規制でドル高に対処し、物価の上昇を抑えようとするが、歯止めはかかっていない。核合意から離脱した米国の経済制裁を恐れる市民はドルに走り、政府との間で争奪戦を繰り広げている。(テヘラン=杉崎慎弥)
「ドル高のせいで人生設計が狂った」
テヘランの飼料販売会社に勤めるアリ・ドゥスティさん(29)はぼやく。買おうとしていた韓国製の車は2カ月で2倍以上に値上がりした。同居する家族から自立するためだったテヘラン郊外のマンション購入計画も、価格が約20億リアル(約518万円)から約28億リアル(725万円)となって断念。いずれもドル高が原因だと説明を受けた。
電器店、売り上げ10分の1に
イランメディアなどによると、今年1月に約4万3千リアルだった対ドル実勢レートは、6月24日に9万リアルになって以降、8万リアル前後で高止まりし、7月30日には12万リアルに達した。
イラン政府は中央銀行総裁を交代させたが、ロハニ大統領とトランプ米大統領がホルムズ海峡の封鎖をめぐって舌戦を繰り広げた7月下旬から、ドル高に拍車がかかった。「3年後には対ドル実勢レートは25万リアルになる」との予測も出るほどで、輸入品が高騰して市民生活を直撃している。
テヘラン中心部のグランド・バザール。食料品などを売る店は多くの買い物客でにぎわっていたが、電器店が立ち並ぶ一角だけが閑散としていた。店主らによると、価格が高くほとんどが輸入品の電化製品は値上がり幅が大きく、買い控えが起きているという。
12年間電器店を営むハミッドさん(33)は「仕入れ値が上がるから、頻繁に値上げしないともうけが出ない。そうすると消費者が買えない値段になってしまう」とこぼす。4月以降、売り上げは10分の1まで落ち込んだ。
便乗値上げも相次ぐ。4月以降、テヘラン市内のスーパーでは国産食料品も3割以上値上がりした。国産たばこが3倍以上になり、タクシーも「ドル高だから」と値上げ。専業主婦のビダさん(33)は「服も食料品も何もかもドルを理由に高くなっている。ウィンドーショッピングに行くだけで憂鬱(ゆううつ)になる」と語る。「イラン全体がドルに踊らされている」
イラン政府、輸入と両替を禁止
親米だったパーレビ王朝が倒れた1979年のイスラム革命以降、イランは米国と断交し、敵対関係が続く。だが市民のドルへの信頼は揺るがなかった。2011年以降、核開発疑惑で米国が経済制裁を強化し、ドル取引が制限・禁止されても、市中ではドルが流通した。
イラン政府にとっても貿易決済に使われるドルの確保は至上命令だ。
イランの輸出の主力は石油だ。イラン中央銀行などによると、17年3月からの1年間、石油関連の輸出は658億ドルで、輸出全体の3分の2を占めた。11億ドルのピスタチオや、3億ドル以上というペルシャじゅうたんも、外貨獲得を担ってきた。
しかし8月と11月に再開される米国の制裁で外国企業との取引ができなくなれば輸出は難しく、外貨は得られない。
そこで政府は6月23日、自国で生産可能な食料品や文具、紙製品、衣服など1339品目の輸入禁止を打ち出した。対ドル実勢レートが大幅に下落した4月以降は、市民の外貨への両替を事実上禁止した。海外へ出る場合もドルでなくユーロへの両替が一定額許されるだけだ。
闇両替で稼ぐ人も
このため、闇の両替商でドルを得ようとする市民は後を絶たない。雑貨店を装ったり、マンションの一室を使ったりしての違法営業が続いている。外国人が立ち寄るテヘランの国際空港では、タクシーよりもドル両替の呼び込みの方が目立つ。
テヘランの中心部でも、巡回する警官がいるにもかかわらず、闇の両替をする男たちがいる。道端で歯ブラシを売る男性(48)は小声で「ドルを両替するよ」と客引きをしていた。「露天商のふりをしていれば、ばれない。為替の差益でもうける方が、よっぽど実入りになる」
家業で健康器具販売をしてきたマスードさん(47)は5月以降、ドルの売買で稼いでいる。一喜一憂しながら闇両替商からレートを聞くのが日課だ。「ドル高を見越して今までため込んでいた。制裁とドル様々だよ」
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〈イランの外貨事情〉 一定の外貨準備高を確保しておくため、イラン中央銀行が保有する外貨を、政府の輸入決済などで使用する公定レートで企業などに割り当てる制度をとっている。その際に優先される対象品目は食料品や医薬品などの必需品だ。枠に漏れた企業や一般市民は両替商から実勢レートで外貨を買う。このため両レートの隔たりが大きい。現在の対ドル公定レートは約4万4千リアル。